コロナのパンデミック中の2021年から2023年に発表した作品6篇。ギリシャ語のパンは「全ての」、デモスは「人々」。パンデミックは「世界的な規模での大流行」。つまりパンデミック×"犯罪"を描いたわけだが、現代の日常の底にありそうな不気味さが通低音のように鳴り響く。
「違う羽の鳥」――大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている及川優斗。大阪弁の女に声をかけられ、なんと中学時代に死んだはずの「井上なぎさ」と名乗る。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗。「ほんまに親友やってん。何でも話せる同じ羽の似たもの同士。あの子は死にたくて、私は生き延びたかった、その違いだけ」と言うのだが・・・・・・。
「ロマンス」――4歳の娘を育てる百合は自転車に乗った「ミーツデリの配達員」に恋をする。以来ミーツデリを頼むのが日課になってしまう。夫は「お前はこんな出前なんかに無駄遣いしやがって」「わたしだって働きたかったのよ」・・・・・・。そして恐ろしい事件が・・・・・・。
「憐光」――今のあたしは「幽霊」、「15年前の豪雨で死んで身体は見つからないままだったけれど、松の木に願をかけてもらったおかげで、骨が発見された――らしい」――。親友の登島つばさと高二の時の担任・杉田先生が、遺骨が発見されたことで母親の元を訪ねてきた。つばさにも、杉田にも、そして母親にも恐ろしい秘密が隠されていた。
「特別縁故者」――。これはまた全く違う明るい良い話。「ご時世ってやつですよ。調理師専門学校出てからずーっと勤めていた店で人員整理くらって。人並みにできることなんて料理しかねーから何とか次を探すじゃないですか。そしたらまた緊急事態宣言だのまん防だのって切られることが続いて・・・・・・」――。調理師の職を失った恭一は、家に籠もりがち。そんなある日、小一の息子・隼が、近隣に住む一人暮らしの老人からもらったという聖徳太子の旧一万円札を持ってくる。翌日、恭一は得意のすまし汁を作って老人宅を訪ね、交流が始まる。いろいろな困った出来事や事件が発生して・・・・・・。今、身近なところでありがちな出来事だが、こんな良い話があればなと思う。
「祝福の歌」――。印刷工場に勤める達郎と高校教師の美津子の夫婦。高校生の娘の菜花が妊娠してしまいうろたえる。「娘は高校生で妊娠した。悪夢に悩まされるようになった。娘の彼氏がどうやら怖気づいた。母が階段から落ちた(あるいは突き落とされた)。そして今、齢50にして、出生の秘密らしきものを知ってしまった。考えることがありすぎて、頭の中はぐちゃぐちゃだが、そんな自分の傍に、妻と娘が当たり前にいてくれることが嬉しかった」・・・・・・。驚くべきどんでん返し、そして境地の転換。祝福の歌が響いてくる。
「さざなみドライブ」――年齢も、属性もばらばらな5人がツイッター上でつながり、一緒に自殺をすることになり集合する。人が来ない山中の林道を目指して走る車のトランクには、練炭と七輪が積んである。そして5人はそれぞれ何故に自殺をしようとするかを語り始めるのだ。「死に仲間」の条件は、「パンデミックに人生を壊された人」「ウィルスそのものにではなく、パンデミックとそれを取り巻く社会によって魂を殺されたという人」だった。その行く先には・・・・・・。
コロナ禍とネット社会などの生々しい現実が、巧妙に描き出される。