「人はいったい何を軸として生きていくのか」――。時は江戸末期の天保年間。大飢饉、疱瘡の流行、改革によって緊縮・倹約を迫られ、その是非を巡っての幕府内の権力闘争、漢方医と蘭方医の戦いがあり、世は不安で揺れていた。
その中で、浅草の薬種問屋で火が出て、焼け跡から二体の骸が見つかった。北町奉行所定町廻同心の服部惣十郎は従えている小者の佐吉や岡っ引きの完治らと調べに乗り出す。また検死を頼まれている町医者の口鳥梨春も惣十郎に協力する。彼は多くの医者が「助からぬ」と先に告げて、逃げ道を作るのと異なり、まず「治します」と言って、患者も家族も安心させて、治療にあたる心のある医者だった。助からなかったらどうするんだとの問いに、「憎む相手ができれば、いくらかでも楽になるでしょう」と言うのだ。彼は種痘を説く蘭学書を版行したいという強い志を持っていた。
事件を追うなかで、これは放火で、死んだ番頭は毒を含まされて殺され、主人と思われた焼死体が金の入れ歯であったことから、主人の身代わりであったことなどが明らかになる。やがて首謀者として人痘種痘を試みている赤根数馬という男が浮かび上がる。そして事件は惣十郎自身の周りに関係していることが明らかになってくるのだった。さらに種痘によって恐るべき疱瘡を克服しようとする戦い、その中における漢方医と蘭方医の熾烈な戦いが展開され、事件は驚愕の終末へと向かって行くのだ。その過程での濃密さと緊迫感は凄い。
しかし、事件の解明以上に心に迫るのは、惣十郎ら登場人物の際立ったキャラ、その市井に生きる各人の人生哲学が開示されることだ。「人はいったい何を軸として生きていくのか」「正義とは何か」「この世の善とは、悪とは」「限りある人生をどう生きればいいのか」という問いかけだ。
惣十郎の背骨となっているのは「欲を出すな、分をわきまえろ、一度取りかかったことは手を抜くことなく終いまでやり遂げろ、そうしてなにがあっても人を恨むな」という母・多津の教えだ。罪人を挙げることを手柄とする同心でありながら「人を憎むな」とすることは、出世のために強引に重罪人を仕立て上げ、上役の覚えがめでたい方略を取らないという人生を選び取ることでもある。人生哲学だ。「おぬしは現場を検め、重蔵なる男が罪を犯しておらぬと判じたゆえ・・・・・・いわば、己の義を貫いたということではないか」と言われ、「正義とは聞こえのよい言葉ですが、さようなものは、実はこの世のどこにもないと、私は常々思っている」「もっと言えば、人の数だけ義があるということで、その正体は、ひどく曖昧で多様なのではないか」「ために自分の行いに、『正義』なる冠を掲げようとは思わぬ。単に己の意に従ったわがままに過ぎないのだ」と言うのだ。また、「罪人と接するうち、誠の悪人などいないと知った。なに、実はいずれも根はいいやつだなぞと甘いことを思うたわけではない。根から腐ったやつも山ほど見てきた・・・・・・善悪は紙一重だ。どこを軸に見るかで、容易にその位相は変じる・・・・・・悪事を働く者の根本にあるのは、単なる怯懦よ。怖れ、おびえる、弱さが引き起こすものでしかない」とし、悪事を働く者たちの根本に、「己の居場所がないという寄る辺なさと恐怖とが、その背にベタリと張り付いているように、わしには見えておった」と言うのだ。現在社会にも通じる「惣十郎の浮世始末」だ。
こうした市井の人生哲学は、登場人物のそれぞれにある。まさに本書の魅力だ。梨春は「すべての人に種痘を施すことで、疱瘡をこの世から消し去りたい」と願っている。しかし、野心を持って拙速に事を運ぶことを戒める。ましてや赤根のように、「人痘種痘の危うさを把握しながら手当たり次第に試し続ける」ことは許されないと怒る。厳たる矜持が、人への優しさが身に迫る。湯屋で垢擦りをする重蔵は、「人はひとりとして同じ体をしていない。銘々の特徴をよくよく見定めながら、込める力の力強さや手ぬぐいの動かし方を変えている」という。感謝があって、愚痴がない。市井の哲学だ。惣十郎の家で女中をするお梶も、惣十郎への思いを秘めつつ今日を懸命に生きている。
この浮世を、今日をどう生きるか。捕物帳を超えて、人間の生き様を描いた濃密な力作。