「多様性の果てに」が副題だが、まさに多様性のアメリカが、分断・亀裂を深めていることが浮き彫りにされる。日本も「中間層が脱落して格差・分断社会になっている」と言われることがあるが、アメリカの分断・亀裂とは比較にならない。トランプ対ハリス、保守派対リベラル派、共和党対民主党の激しい構図は、直面する課題・政策の激しい対立の上に成り立っている。読売新聞アメリカ総局が現場を歩き、「全米各地を総力取材! 120人以上の証言で描き出すアメリカ社会の今」を描き出している。
「ブラック・ライブズ・マター運動で広がる分断――『黒人差別』の現在」――。南軍を率いたピケンズ将軍や独立宣言起草者トーマス・ジェファーソン第3代大統領など、歴史上の人物の名前がついた学校や道路などの名称変更、記念碑・像の撤去などが、リベラル派主導で変更されるケースが続き、保守派は不満を募らせている。ジョージ・フロイド事件と、ブラック・ライブズ・マター運動の広がりが契機となっている。急進左派主導のキャンセル・カルチャーに対する保守強硬派の反発は激しい。カリフォルニア州の「奴隷子孫1人最大1、8億円の賠償案」の波紋。「半世紀ぶりに覆ったアファーマティブ・アクション判決」「多様性、公平性、包括性のDE Iに力を入れてきた企業や、大学は一転して見直し圧力にさらされている」と、揺り戻しを現場取材する。
「青い州vs.赤い州――キリスト教、LG B TQ、気候変動」――それぞれのテーマで激しい推進と反対、揺り戻しが描かれる。「建国のキリスト教が、都市を中心に信者が減り、教会閉鎖が相次いでいる」「25%を占める最大勢力の福音派(保守的な信条、人工妊娠中絶や同性婚には猛烈に反対)など勢いを増すキリスト教ナショナリズム。南部のバイブルベルトに漂う異論を許さぬ空気」「トランスジェンダーを巡り過熱する教育論争」など対立は激しい。中絶手術を求めて州外へ行く人も多く、中絶禁止州が増えているという。中絶問題と銃規制は社会を2分するテーマだ。また気候変動も激しいテーマの1つで、「EVvs.化石燃料」があり、日本製鉄によるUSスチール買収計画問題もその延長線上とナショナリズムの中にある。
「不法移民を巡る攻防――国境の街と聖域都市の間で」――。ジャングルを歩き、列車の屋根にしがみついて、米メキシコ国境の町に押し寄せる人々。中南米諸国の政情不安や治安悪化、貧困により、バイデン大統領就任後に急増。23年度には米南西部国境で確認された不法越境者数は約248万人。テキサス州エルパソでは、人口約68万人の市に2023年9月までの1年間で約20万人の不法移民が流入したという。抑制するためのフェンスは、トランプだけでなくずっと行われてきたこと。そこでニューヨークやシカゴなど寛容な「聖域都市」にバスで送り込んでいるという。横行する不法就労、黒人やヒスパニック系から強まる不満。すべての面で深刻な状況。対処の仕方でさらなる対立、分断が生じている。
「国際情勢がもたらす対立――アラブ、ユダヤ、アジア」――。「ガザに自由を」と抗議する若者たち。対する「ユダヤ・パワー、イスラエル・ロビーの影」。反中感情の高まりも大きい。
「多様性という言葉は本来、前向きな意味を持つはずだ。だが、今のアメリカでは多様な価値観が共存するのではなく、各々が自らの価値観の正当性を声高に主張するあまり、価値観の衝突が目立っている。・・・・・・アメリカをこれまで強くしてきた多様性が、今やアメリカを引き裂き、深刻な分断を生み出しているのが現実である」と指摘している。アメリカ社会の現場の状況を生々しく伝えてくれる刺激的なレポート。