鬼哭の銃弾.jpg東京・府中市内の多摩川の河川敷で発砲事件が発生。弾丸を調べたところ22年前に府中市で起きたスーパー「いちまつ」強盗殺人事件(店員3人が射殺)に使用された拳銃の線条痕と酷似していることがわかった。迷宮入り事件の捜査が一気に動き出す。発砲事件といちまつ殺人事件の関連捜査を命じられた警視庁捜査一課の刑事・日向直幸。じつは22年前の事件は、日向直幸の父、ケタ外れの鬼刑事の日向繁が担当した事件だった。しかも父・繁は、捜査にのめり込み、妻子に激しいDVを働き、家庭を崩壊させた男でもあった。母は若くして死亡、直幸は父を憎み続け、10年も全くの音信不通だった。

捜査を進めると、父・繁だけは警視庁をやめたあとも、常軌を逸した執念をもってこの事件を追い続けていたことが判明する。父子ともに人生を狂わせた事件の黒幕を追い詰めていく。通常は"愛憎の父子"というところだが、殴り合いの"憎"ばかりが目立つ警官親子の、執念と復讐の凶悪のサスペンス。「鬼哭」とは「鬼が哭く」、死人の霊魂が恨めしさに泣くこと。


雪の花.jpgコロナ禍でワクチンが「切り札」として期待され、接種が始まっている。石井健・東大医科学研究所教授が「コロナ禍でのワクチン開発 その破壊的イノベーションの課題と展望」でワクチン開発の現状を詳説しているが、そのなかで推奨している本が、この「雪の花(吉村昭著)」だ。「福井藩の医師が、種痘の打ち方と育て方を学び、福井に持ち帰るという苦労話。その苦労に加えて、それを普及するのがいかに大変だったか・・・・・・この本からひしひしと伝ってくる」と述べている。

時は江戸末期の福井藩――。全国で天然痘が猛威を振るい、死亡した者を運ぶ大八車が日に何度も車輪の音を響かせて走り、そのたびに人々は恐怖に襲われて逃げまどった。人々が頼みにするのは神仏のみ、藩をあげて祈祷する有様であった。ジェンナーが牛の天然痘を人間に植える種痘法を創始したのが1796年。その噂を蘭方医から伝え聞いた福井藩の町医・笠原良策は一大発心をする。京都の蘭方医・日野鼎哉に師事し、「牛痘法による種痘」を試みようとする。その肝心である「牛痘の苗」(痘苗)を求めて私財を投げ打っての悪戦苦闘、そして京都から種痘をした子供を伴っての痘苗を絶やさずに運ぶ雪山越えの決死行、そして福井に入ってからも自らの子供に"恐ろしい"種痘を拒む親、漢方医や役人の妨害・・・・・・。想像を絶する苦難が続くこと数年。苦境を乗り越えられたのは、藩主の松平春嶽、側用人・中根雪江、春嶽の侍医・半井元冲らの開明的理解者、まさに諸天善神が現われたからであった。

この福井藩が入手した痘苗は、江戸や北陸の各藩に広まっていったのだ。


DXの思考法.jpg「日本経済復活への最強戦略」が副題。今DXが語られ、「決定的な変化」が起きている。「DXの要諦は『抽象化』にあり、世界は『レイヤー構造』へ進んでいる」「現在のデジタル化の発展の基礎にハードウェアの急速な進化があり、生み出されるデータ量も指数関数的に増大した。しかし、現代の産業の大きな変化、IXをハードウェアの発達、データを含めた『量』の増加だけで説明するのは正しくない。それはたかだか話の半分に過ぎない。同時に、世界の実課題とコンピュータの物理的基盤をつなぐエコシステムが進化し、精巧になったこと、つまりは『質』の変化が決定的に重要だ」「それを実現しているのは、レイヤー構造をしたソフトウェア群である」「関係する技術は、半導体、ソフトウェア、インターネット、ディープラーニング、クラウド、5G等々・・・・・・。それらが計算能力、処理加工が可能なデータ量を向上・拡大させて、ゼロイチの物理的な処理と人間の実課題や経験とが連結するまで、サイバー空間の水位を押し上げた。しかし、本当のスタートラインは、『これをやればなんでも一気に解決してしまうのではないか』という人間側の発想であり、ロジックである。抽象化のもつ破壊力が今日の世界をかたち作っている。そして、その発想と技術とがもたらしたサイバー・フィジカル融合が、ビジネスのあり方、産業全体のありよう、社会のありようを変えている」・・・・・・。まさにDXの「思考法」、本質をさまざまな例を示しつつ、語り、呼びかける。

「ピラミッドでなくレイヤー構造(お菓子のミルフィーユのような、重箱が幾重にも重なるような構造)」「ウェディングケーキの形」「会社がアルゴリズムで動く時代」「IX時代の経営のロジック、デジタル化のロジックを、個人と組織の身体に刻み込む。それがDXの本質である」「特殊から一般、具体から抽象への発想の転換。デジタル化の核心がここにある」「十分に抽象的に発想したうえで、その後に初めて具体化する」「ゼロイチで表現できる計算というコンピュータの処理と、人間が解いてほしい実課題の距離を埋める発展過程、レイヤー構造をしていてレイヤーが増えることで連結して距離を縮める」「アリババはレイヤーを増やすことで成長した。そのレイヤーを支えるのがAPI(ソフトウェアどうしが情報をやりとりするために定められた接続や操作に関する仕様)」「DXで覇権を握ったネットフリックス」「第4次産業革命とは『万能工場』をつくることだ」「DX力とは垣根を越えてパターンを見出す能力のことだ」「夜食のラーメン作りはどう説明されるべきか」「インディア・スタックの本当の凄み」・・・・・・。

冨山さんは「DX→IX→CXの連鎖の先にはSX(社会の変容)、LX(個人の生き方変容)が不可避的に起きていく」「組織能力的にトップから現場まで、その力が高い人材によって構成されているということ、すなわちアーキテクチャ認識力、思考力を持つ人材に恵まれていることが、IX時代において決定的な重要性を持っている」と指摘。「本書は著者と私からすべてのビジネスパーソンへ、IX時代の生き残りと飛躍的成長をかけた応援的挑戦状なのだ」といい、IXの衝撃の実相を実感せよと、体当たりで呼びかけ、結んでいる。


臨床の砦.jpg変異株が全国的に襲いかかっている現在、"医療崩壊"が懸念される現場は、毎日毎日、どんな緊迫した悪戦苦闘状態にあるのか。コロナという未知のウィルスに立ち向かった"長野県"を想定した小さな病院・信濃山病院の医師・看護士・スタッフ。ウィルスと戦う最前線の「小さな砦」。今年1月の新年早々、想定をはるかに越える患者が押し寄せる。当然キャパはない。態勢もない。すでに1年間の疲労が蓄積している。しかしやらねばならない。内科の三笠、敷島、富士、日進、春日、音羽、外科の千歳、龍田の各医師は通常の専門の医療を行いつつも、コロナに対して看護士・スタッフといつ寝たかわからないほど働き続ける。「手探りの医療という絶望感と、どの医療機関の協力も得られない孤立感」「静観している行政の態度や、周辺機関の及び腰の態度と鈍重な動き」「周りに大病院があっても当院だけが背負い込む理不尽な体制」「肺炎にも入院できず自宅待機、入院させてくれと涙を浮かべる患者」「発熱外来への車の長蛇の列」「真っ暗な袋に詰められ、見送る者もなく運び出される遺体」「認知症の重症患者への対応で、のしかかる負担」、そして起きた「院内感染」・・・・・・。他の病院のようにコロナ患者の受け入れを拒否できない。「結果から見れば、正解であったとは言えませんが・・・・・・。最善であったことは確かです」と、会議で話すと「会議室は静寂に包まれた」とある。

「この未曾有の大災害の中で、多くのひとが、静かに耐え続けている。マスメディアは、舞台上で声を張り上げる人にスポットライトを当てることは得意だが、市井の沈黙を拾い上げる機能を持っていない」「圧倒的な情報不足、系統立った作戦の欠落、戦力の逐次投入に果てのない消耗戦」「この戦争負けますね」・・・・・・。現役医師の描いたドキュメント小説。


国家の尊厳.jpg「(現前する)時代状況の背後に、深刻なアイデンティティーの危機がある。戦後日本のアイデンティティーとは、政治では自由と民主主義、経済では成長主義、私的レベルでは個人主義にほかならない」「個人レベルでも、国家レベルでも深刻な戦後的価値観の解体の危機に直面している」「コロナ禍は、私たちの生活の基盤や価値をつくっていた戦後の社会関係を解体した」――だから、「今、求められているのは新しい国家像、すなわち令和日本のデザインではないか」と、時代を診察しつつ「国家の尊厳」という大きな見取り図を描こうとする。

安倍政権は時代状況を背負い、露わにした長期政権であると診断する。戦後日本は「権力vs市民」「国家権力vs民主主義」の対立図式にあったが、その「権力」自体が「権力の分散化」をもたらし、自由も民主主義も壊れ、情報化とポピュリズムに翻弄されている。「現代社会が、攻撃性を強め、なによりも"遅さ"を嫌悪する社会」になっている。コロナ禍で、それがより露わになっていると指摘する。徹底した市場経済と成長主義を掲げた米国が"トランプ現象"「空っぽなポピュリズム大国」と化し、「ポピュリストは"汚れなき人民"vs"腐敗したエリート"」と善悪二分、攻撃性を強めている。中国は強力な権力をもっての独裁によってコロナの制圧、ワクチン外交によって世界への影響を更に強める。まさに世界はグローバル化のなか「権力が希薄となり、所属意識を奪われた個人が群衆として蠢いている」のだ。

「三島由紀夫vs東大全共闘」でも、戦後民主主義に否定的であることは全く共通し、三島の方は「天皇と日本人の紐帯の復活」を求めた。日本は現代においても「戦後民主主義」も「憲法」も「安全保障」も、一つの"限界"ともいうべきものを迎えていることを感じつつも、変えるべき方向性を見出し踏み込むことに、多くの人が躊躇い、不満をため込んでいる。先崎さんは「互助の感覚を、たとえ人為的であれ、都市と地方の区別なく再生する」「山崎正和が柔らかい個人主義の誕生で50年も前に指摘したように、国家、職場、家庭への所属意識の希薄化が進行している」「本来、個人は何らかの共同体に所属し、自らを位置づけることで、アイデンティティーを安定させている」「個人は共同性に支えられ、他者から役割を与えられ、正当な評価を受けること。それが人間の尊厳だ」・・・・・・。

「令和日本のデザイン」――先崎氏は令和の日本は「尊厳とコモン・センスをキーワードにした国づくりを目指すべきだ」という。ポピュリズムが跋扈し、不安・不満を"敵"に集団化させて暴力的にぶつけるような日本にはさせたくない、"ラディカルとは根源的に問うこと"であり、時間の厚みをもった安定した共通感覚、コモン・センスの重要性を指摘する。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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