髙瀬庄左衛門御留書.jpg江戸から離れた地方の神山藩で、農民の管理や徴税などを扱う郡方(こおりがた)を務める髙瀬庄左衛門。五十を前にして妻・延を亡くし、息子の啓一郎も突然、崖から落ちて死んだ。息子の嫁・志穂とともに、寂寥を抱え込みながら生きてきた。二人をつなぐのは庄左衛門が手慰みに描く絵で、志穂も絵を始める。そんな時、「領内に不穏な動きあり」との投げ文。そして隣村の百姓と浪人が藩に強訴し、かつ庄左衛門が管理している藩の穀倉ともいうべき新木村を襲うという大事件が勃発する。その背景には藩に渦巻く政争があった。静謐にして厳と生きる庄左衛門の姿が、そしてひそやかに心を寄せる志穂の姿が、抑制的であるだけによりいっそう美しく迫る。

喧噪の現代とは異なり、江戸時代の地方の藩に流れるゆったりとした時間。朝が明け、人々が動き始め、仕事に精を出し、日が暮れる。静寂と静謐、風のかすかなそよぎ、光のきらめきと陰、木漏れ陽の美しさ、蝉しぐれ、人の気配、女の揺れる声、揺らめく灯、ゆるやかな弧を描く山の稜線。そして生老病死、日々に訪れるかすかな喜怒哀楽、心にとどめおいた過去のしがらみや記憶・・・・・・。丁寧に美しく自然と人心を描く。巧みな文体、描写は時代小説らしい余韻を漂わせ、老武士の誇りと襟度を際立たせる。世を"明らかに観る"諦観の定置の重さを感じさせる。


DXとは何か.jpg「DX」「デジタル社会」「AI・IoT・ロボット社会」――。コロナ禍で「デジタル敗戦」とまでいわれた日本だが、この"外圧"を使って新たな社会に急速に進まなければならない。台湾のオードリー・タンが一年前、マスク供給を管理システムで一気に進めたが、マイナンバーカードの普及率がいまだ20数パーセントの日本では、彼が日本の政府中枢にいたとしても同じことはできない。Eジャパンを唱え「高速インターネットの普及」「世界最高のブロードバンド国家」をめざした日本は、それができたにもかかわらずなぜ世界から遅れたのか。それは様々な意味でのオープン化とセットでなければならなかったからだ。日本人は「変えること」を恐れる。「個人情報」についても、昔ながらの守れというだけが強く、このDX社会の哲学を知っていない。「ネットを『正しく恐れる』ための一般教養をぜひ身につけてほしい」という。「意識改革からニューノーマルへ」が副題。世界に先駆けコンピュータアーキテクチャ「TRON」を構築した坂村先生が、DXやデジタル社会の意味、それを進める哲学、科学的思考の意味を示し、「DXは単なる情報化、電子化、デジタル化ではなく、意識改革であり、制度全体の改革である」と熱く語る。DXを推し進めるために必要なこと、DXを組織で成功させるための秘訣を提唱する。私自身、自分の甘さを痛感した。

「テレワークは以前からいわれていたが、企業の問題だと捉えていた。DXは社会全体を視野に入れる『やり方の根本的改革』『社会全体のDXへ』だ」「RPAはDXではない」「グーグルは、クラウドで使えるさまざまなAI機能のソースプログラムや、その機能をネット経由で簡単に試せるAPIをどんどん公開した。APIは、アプリの一部または全部を他の人に使えるようにする方法(スマホで見られるグルメサイトとグーグル地図システムの取り込みなど)」「日本の課題は閉鎖性、そろそろ"何のため"ではなく"オープンこそ正義"という"公開"姿勢に向かえ」「個人データの適切な活用ができない日本は、AI+ビッグデータ時代の大きな足かせになる」「ネット時代のパブリック――公共の為に必要に応じて個人情報を提供する"社会的責任"」「情報処理系OSと組込み系OS」「企業のオープン戦略で大事なのは、流れのイニシアチブを取るためにオープンにすべき部分と、絞り込んでココの優位性さえ確保できれば他はオープンできるかというコア資源の見極め」「オープンからアジャイルへ」・・・・・・。

「絶対安全が存在しないことは、すべての技術系の人間には当然のこと。だからこそ、絶対安全という建前を明確に捨てることが、社会をより安全に近づける。技術分野の安全哲学は大転換されている」「SDGsの17目標もあちらを立てれば、こちらが立たずの矛盾があるが、すべての目標を『程度の問題』として俯瞰する。自然科学的教養が必要だし、結果が悪くても皆で甘受するしかない――そうした諦観が民主主義の本質にある」「程度の問題の科学――正しさは確率だというベイズ主義、ベイズ哲学」「感度と特異度からPCR検査を考えると、いいことはない。"検査して隔離"を完全に行えと主張する人は、安易でわかっていない」「現在主流のAIは、"正しさは確率""すべては程度の問題"というベイズ論理学の申し子」「人工知能最大の難関、"考えすぎて"先に進めなくなる"フレーム問題"(この枠以上は考えなくていい)という判断が人間にはできてAIにできなかった」「AIとは何か――アルファ碁、AI同士の強化学習で人間に勝つ、化学式からタンパク質の三次元折り畳み形状を推測する創薬系の応用AI、ワクチン開発の飛躍的スピード、自動翻訳の日英、韓英から日韓翻訳ができた」「ベイズ主義の重要性は、程度と論理の架け橋だからだ。"正しさは確率的"で絶対的なものではないというベイズ推定の本質がAIを支えている。その『程度の問題』という諦観こそがベストエフォートに基づくシステム――社会を支える哲学だ」など、本質をズバリと説く。

「社会のDX」――。「オープンシステムはベストエフォート」「道路網はオープンなインフラの例だ」「DXによって中間層は圧縮され、すでに経済は小さくなっている。アマゾン、新聞、出版界を見れば、中間でかかっていたコストが消え、物流は変化しテレビ界も広告代理店が赤字化する。テレビを見る人は2027年に59%に下がる。YouTubeなどネットの動画視聴へ」・・・・・・。また今後は、「世代の断絶」の課題が前面に出る。ネットを「正しく恐れる」ための新時代の一般教養をぜひ身につけてほしい、という。

どうデジタル化するかの重要ポイントは「データの標準化」と「プラットホームの確立」――。「行政OSとは政府の機能を、様々なアプリケーションから利用できるAPIの集合体」「マイナンバーは国民背番号ではない。国民が行政システムを利用するためのIDだ」「行政デジタル化で個人情報の多目的利用を禁止してしまってはメリットがなくなる。むしろデジタルの力を使って行政システムを透明化し、不当利用への抑止力にするという考え方への転換が必要だ」などと言い、エストニアを例示する。そして、夢を語るのはいいが、紙もハンコも断捨離戦略――「やめる勇気をもとう」と呼びかける。コロナ対策でも給付支援でも、災害でもオンライン診療でも障碍者サポートでも行政のスリム化でも、今こそ「新しい正常」(ニューノーマル)を、と提言している。


どの口が愛を語るんだ.jpg初回の第1球から、内角をえぐる高速シュートを投げ込んでくるような4つの短篇。たしかに「愛」を語っているが、"どの口"が、というほどハードだ。「猿を焼く」は、いきなり冒頭で「笹岡俊満が猿を生きたまま焼き殺したというのは本当ではない・・・・・・」から始まる。「イッツ・プリティ・ニューヨーク」「恋は鳩のように」「無垢と無情」の4篇。"この世の行き辛さ"や"違和感"を語る小説は多いが、本書はそれとは少し違っている。人間の心の内に潜む愛、狂暴、嫉妬、空虚――自己の内に潜むそれらの発露を抑え込んでいるのは一体何か。内に止めておく"枠"とは何か。世にいう正解とか不正解とかはあるのか。何の意味をもつのか。優しさ、安らぎ、人間性の発露をも含めて、矛盾撞着の人間の本質に迫り、あぶり出す。

「猿を焼く」――東京から熊本の温泉町に引っ越してきた中三の平山圭一。暴力的な笹岡、調子のいい富山に出会う。そしてまわりから浮いた存在・涌井ユナに心惹かれる。圭一は鹿児島の高校に通い、友人はそれぞれの道を歩み始める。そんな時、ユナが猿を飼っていた渡辺という男に殺されたという衝撃的事件が起きる。

「イッツ・プリティ・ニューヨーク」――「ぼく」と同じ団地に住む「カメ」(亀=ススム)とアバズレの姉「ウタ」(亀山鳥)。性欲がつのる「ぼく」は「ウタ」に翻弄される。大人になってニューヨークのアート・ギャラリーでなんとススム・カメヤマの作品に出会う。「どう贔目に見ても失敗作以外の何物でもない。それでもその写真からなにかを素手で掴み出せたような気がした」「彼は永遠に失敗のカメラ小僧なんです」・・・・・・。

「恋は鳩のように」――同性婚が合法化された日の台湾。愛し合う3人の男性と1人の女性が結婚という制度の合法化というなかで、愛と性を結婚という制度をめぐってかえって葛藤する。合法化に歓声が沸くなか、何安得(アンディ)は、詩人の恋人(地下室)に電話をする。「アンディはふたつの想いに同時に打たれた。優れた詩人としての地下室に対して溢れ出す、対等な立場での尊敬と愛情。それとは裏腹に、困惑して青ざめているカイを守ってやらねばという母性をも感じていた」・・・・・・。

「無垢と無情」――感染すると人が人でなくなり、人を噛む。愛するものといっしょに腐り果てるか、愛するものを失っても生き続けるか。「おれ」は両親と妹を手にかける。「人を救う愛と人をダメにする愛。オレはこの歳になっても愛がなんなのか、よくわからない」・・・・・・。絶望的な苦難に遭遇していくとき、「愛」や「人間」の根源をリアルに探ろうとした時、何が現れてくるだろうか。


令和の国防.jpg兼原元内閣官房副長官補と岩田・武居・尾上自衛隊元幹部との対談。コロナ禍の世界は、大きな変化を余儀なくされているが、「米中対決」が露わになってくるのもその重要な構図だ。安全保障、経済、環境・エネルギー、テクノロジーなど、各分野において、対決・競争・協調と複雑な様相を呈している。

「安全保障は頭だけではなく肚で考えるものです。・・・・・・国家の生存を自分の問題として考える生存本能が要ります。それが経綸です。そこが覚醒すると、国家間の力関係、軍備、兵站、財力、人口、経済成長、株価、エネルギー安全保障、サイバーセキュリティ、国民保護・・・・・・。国全体の力を出しきるにはどうしたら良いか・・・・・・」「日本では、55年体制下のイデオロギー論争で、この根っこにある軍事に関する常識や国家としての生存本能が、政治・経済エリートから蒸発してしまっている」という。政治は徹底してリアリズムでなくてはならない。「日本の戦略環境」「中国の台頭と日米同盟」「台湾、朝鮮半島、北朝鮮の核ミサイル」「アジアにおける核抑止戦略」「科学技術政策と軍事研究」「防衛産業と企業」「日本の安全保障への提言」「政治家の決断とシビリアンコントロール」など、安全保障を現場の経験を踏まえて語る。


アルツハイマー征服.jpgコロナ禍が世界を覆うなか、ワクチンの接種や副反応、争奪戦が連日報じられている。今、世界で約5000万人、2025年には日本で約700万人になるといわれる認知症のなかでも最大のアルツハイマー病。1906年にアロイス・アルツハイマーが発見し、60年代頃からアルツハイマー病と呼ばれるようになったこの病気に対し、世界のいかに多くの医学者、研究者、製薬会社等がこの正体をつきとめ、治療法を探そうとしてきたか。50年以上にわたる最前線のその苦闘を、患者や家族も含めて日・米・欧を徹底取材したドキュメント。コロナ・ワクチンが遅い、遅れているというが、本書を読めばいかに早く接種に至っているか、多くの人の努力がいかほどのものかと思う。

アルツハイマー病の解明は、家族性アルツハイマー病の人々の苦しみの上に築かれてきた。「アルツハイマーが発見した時から『老人斑』と『神経原線維変化』とその病理として診断、治療法を模索してきた」「患者の脳内ではアミロイドβの蓄積が始まり、神経原線維変化が細胞内にたまる」「アルツハイマー病遺伝子をめぐり、神経センターと弘前大のチームは、突然変異の場所を14番染色体の800万塩基まで絞り込む」「トランスジェニック・マウスの開発」「エーザイの闘争、初の治療薬アリセプト誕生」「天才科学者デール・シェンクによるワクチン療法の発見」「根本治療薬としてのワクチンAN1792の治験と副作用」「推進する研究者ラエ・リン・バークの発症」「エーザイに待ち受ける特許の崖」「バピネツブの副作用」「アデュカヌマブの発見」「デール・シェンクの執念と襲いかかる病魔」「ワクチン療法から抗体薬への流れ」「治験にのしかかる時間と費用負担」「家族性アルツハイマー病を患った母の人生を語った日本女性の勇気」・・・・・・。

今日まで続く幾多の経験――「研究者から研究者へ知見は受け継がれ、共有され、ゆっくりとですが、確実にこの病気の解明は進みました」「本書を今も、この病気の解明と治療のために闘っている研究者、医者、製薬会社の人々、そして患者とその家族に捧げたい。いつの日か、この病気の苦しみが過去のものになることを願って」と結ぶ。多くの本が感謝の言葉で結ばれるが、本書ほどその言葉が身にしみたことはない。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

私の読書録アーカイブ

上へ