「神曲」「源氏物語」「ツァラトゥストラ」「古事記」「資本論」など、12の名著を、斎藤哲也氏が2ページで紹介、古市憲寿氏が専門家と15ページ位で対談。NHKの「100分で名著」どころか「15ページで名著」だ。
「ダンテ『神曲』 原基晶」「紫式部『源氏物語』 大塚ひかり」「プルースト『失われた時を求めて』 高遠弘美」「アインシュタイン『相対性理論』 竹内薫」「ルソー『社会契約論』 東浩紀」「ニーチェ『ツァラトゥストラ』 武田青嗣」「ヒトラー『わが闘争』 佐藤卓己」「カミュ『ぺスト』 佐々木匠」「『古事記』 三浦佑之」「マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』 鴻巣友季子」「アダム・スミス『国富論』 野原慎司」「マルクス『資本論』 的場昭弘」――。率直に語っており、面白い。
吉田松陰の言葉を、まさに超訳で抽出している。相当読み込んでいないとできない仕業だと思う。
「誰よりも熱く、誰よりも冷静だった天才思想家」「素晴らしい戦略家だったが、ろくな計画も立てなかった吉田松陰。動けば道は開けると、黒船の甲板に乗り込んだ。突然の東洋人の訪問。無防備な侍が、法を犯し、命がけで、学ばせてくれと挑んでくる」「情熱家である一方、吉田松陰は大変な勉強家であった。旅をしながらでも、牢獄に入れられても、本を読み続けた」「教育は、知識だけを伝えても意味はない。教える者の生き方が、学ぶ者を感化して、初めてその成果が得られる」・・・・・・。
「歳月は齢と共にすたるれど崩れぬものは大和魂」「流れを変えるのは自分の行動」「最高の一文字は誠」「士は過なきを貴しとせず過を改むるを貴しと為す」「武士は日常から無駄なものを削り、精神を研ぎすました」「足並みが揃うのを待たず、自分から走りだせ」「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」「志は現状維持を否定する」「吉田松陰の感覚は『うまくいくかは知らないが、これをやらなければ何も始まらない』だった」「私は絶対こうするという思想を保てる精神状態は、ある意味で狂気です。その狂気を持っている人は幸せです」「知は行の本たり、行は知の実たり」「志のために行動する。そして志のために行動したからこそ、初めてその学問を理解できたと言える」「親思ふ心にまさる親心 けふのおとずれ何ときくらん」「まずは自分から熱くなること。自分から動き出すこと。吉田松陰は誰よりも熱くなりやすかった。その熱さに本気で付き合える人だけが、吉田松陰にとって友であり続けることができた」「物事を成就させる方法はただ一つ。それは覚悟することだ」「私は人を疑い続けて、うまくやるよりも、人を信じ続けて、馬鹿を見る男になりたい」「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし、生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」・・・・・・。
そして吉田松陰はその生涯を30歳で閉じる。
2008年のリーマン・ショックの頃から2011年の東日本大震災までの間、亡くなった有名人28人の輝ける時代と晩年を描く。いずれも記憶にある人たち。しかもドラマチックで振幅の大きい、個性的で生々しい起伏に富んだ人生だ。
高杉一郎や草森紳一は、作家・随筆家と本における壮絶な生き様を見せてくれる。川内康範の「生涯助ッ人」も凄まじい。チョモランマに挑んだ中村進、テレビ向きの「大ざっぱ」筑紫哲也。なぜかテレビに出て突然消えたバブルの娘・飯島愛、体操の遠藤幸雄とチェコのチャスラフスカ、ロック・ミュージシャンの忌野清志郎の「性的なのに清潔」。投身自殺した韓国の盧武鉉大統領、プロレスのリングでの事故死・三沢光晴、そして一人でつらく悲しい死を迎えた大原麗子。最後には皆に去られた山城新伍。
「引きこもり56年、晩年45年」のサリンジャー。生涯、反骨の「おばあさん」の北林谷栄ではあの「大誘拐」を再び見たくなった。文明の生態史観の梅棹忠夫の南極探検への望み。私の住む東京北区にも関係する「つかこうへいの祖国」、シャンソン歌手の石井好子もお嬢さんの域をはるかに超えている。梨元勝、池部良も亡くなって10年以上になる。岸惠子を包んだ「日本の男の気配」は洒落た言い方だ。
日本のプロ野球を変えた与那嶺要、コント55号の坂上二郎。それぞれの人の素晴らしさ、凄まじさが鮮やかに蘇り、迫ってくる。
昭和3年、1年半ほど断筆した江戸川乱歩が、「陰獣」で戻ってきた。「猟奇耽異を過剰に描き、大衆の低俗な好奇心を刺激するばかりの似非乱歩風作品が増殖し、読者の知的興味に訴える文芸の高級なジャンルとしての探偵小説不在を嘆く批評も目につくようになった。不健全派の旗頭と言われ、文芸を頽廃させる悪の根源のように思われては、くさるのも無理はない(風間賢二)」というなかでの江戸川乱歩の再登場だ。「意表をついた犯人像を描いた変格探偵小説して、昭和初期エログロ・ナンセンス隆盛への誘い水となった(風間賢二)」という時代を背景にし、時代を画する作品になった。
探偵小説作家・寒川が主人公で、美貌の人妻・小山田静子と知り合い文通を始める。ところがその静子に恐ろしい脅迫の手紙が次々と届けられる。まずは夫である小山田六郎を殺すという。脅迫してくるのは変格小説作家・大江春泥。じつはこの男は、ずっと若き頃から静子に恨みを持っていた平田一郎。そして、寒川と静子はドロドロした恋仲となり、寒川は大江を探すが全く手がかりがない。そんななか、小山田六郎変死事件が起きる。心の中を覗くようなじっくり読ませる小説だ。
18世紀英国ゴシック小説が、時代とともに変化・展開し、日本で本格・変格推理小説に変容し、今日に至る怪異猟奇ミステリー全史を語る。まさに古今東西、驚くべき博覧強記に圧倒される。人間が怪異猟奇、怖いものに惹かれ、性欲・本能の社会的逸脱にのめり込むことは致し方ない生命の本質的乱射ではある。秩序と抑制をベクトルとする人間の歴史にあって、ミステリー小説は、異端であり、流行りものであった事は否めない。それが時代を経て、数々の文学賞を獲得するに至るほどの地位を得る。その変遷が本書からよくわかる。大変な力技を感じた。
「ゴシックの元来の意味は、ゴート人のようなということだった。それが転じて、無教養の、野蛮な、無粋な、という意味に変化した」という。この「ゴシックこそがミステリーの源流」であることを示す。アン・ラドクリフの「ユドルフォ城の怪奇」は、恐怖と驚異を語った傑作。18世紀末だ。そして1830年代に登場するエドガー・アラン・ポー。今日の推理小説・探偵小説の始祖、「モルグ街の殺人」「黒猫・アッシャー家の崩壊」など自我の分裂と異常心理が描かれる。そしてコナン・ドイル。シャーロック・ホームズが人気を博す。ドイルは当初、ホームズものを生活費稼ぎのために執筆していたといい、専業作家としては他のタイプの小説を書きたかったようだ。面白い。
「進化論と退化論は表裏一体」で、「ジキルとハイド」「吸血鬼ドラキュラ」などが生まれている。19世紀後半は日本でいえば明治。ダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」は植民地政策が背景にあり、日本ではそれが翻訳されて人気を博す。その明治時代の翻訳王が黒岩涙香だ。彼は俗悪なすっぱ抜き記事で小新聞を率いるが、翻案は講談にまでなる。当時の日本は、夏目漱石が言うように「探偵は高利貸しほどの下等な職業」で「文学界という花園を荒らした」と弾劾されたという。大正時代はモーリス・ルブランの怪盗紳士アルセーヌ・ルパンが話題を呼ぶ。ルパンやジゴマ、ファントマを受けて、江戸川乱歩の怪人二十面相が描かれる。「(江戸川乱歩は)創作は初期はドイル、中期は谷崎潤一郎、後期は黒岩涙香といった具合に、読書遍歴の始原へとさかのぼっていった」と解説する。名探偵・明智小五郎の活躍だが、当時はまだ若者であった横溝正史など、時代の背景には猟奇的殺人事件などがその時代に起きていたこともある。阿部定事件や2.26事件は1936年だ。夢野久作から、綾辻行人、京極夏彦・・・・・・。探偵小説から推理小説、そしてミステリーヘ。連綿と受け継がれたその流れを圧倒的熱量で描き解説する。
