昭和33年9月に発刊された渡辺恒雄読売新聞主筆の記念碑的処女作。あの保守合同の後、鳩山、石橋、岸に至る大激動の政局を、保守党の「政党」「派閥」「領袖」の内部から剔抉しているが、不思議な生々しさと感慨が迫ってくる。それは荒々しくもエネルギーに満ちた政党・政治家の源流に触れるからだと思う。政党も派閥も政治家も草創の"濃い原型"が示され、現代政治に鋭い問いかけを発しているからだ。
政党は民主政治の根幹を成すものであり、官僚や軍部など党外の勢力に支配されないことが必要である。党外の勢力に支配される時、民主政治は破滅する。そして政党を派閥というエレメントに分解する。そして「派閥は、少なくとも今日の保守党にとって、必要悪である」「党内派閥は、党内デモクラシーの確保と党内運営の効率化という二面の効用をもっており、また逆に、派閥の単純な解消は党首独裁制への道に通ずる大きな危険がある」と断言し、"派閥の解消"という先入観は「無責任な偽善的な皮相な批判」と危険視する。浅薄に流れるポピュリズム批判は今も鮮度抜群だ。
そして「派閥と領袖」「派閥と政治資金」「派閥と選挙区制」「派閥と猟官」「派閥と政策」と、更に因数分解する。そのなかで示される領袖の的確要件は「数十人の国会議員を統合、指導する統率力」「政治資金の供給能力」「政治家として豊富な経歴」「所属議員の人事、選挙等への物心両面の支援」だという。また党首の条件として、米の政治学者メリアムが示した「社会の人心の動きをすばやくとらえる感性のある者」「人間的魅力を備え社会各層と接するのに巧みな者」「他の政治集団と巧みに交渉し、その敵意を柔げ得る者」「文章、弁論、態度などにおいて劇的表現の巧みな者」「公式、スローガン、政策、条約、イデオロギーなどを創造する才能のある者」「決断力と勇気に富む者」をあげている。
保守合同後の激しい政局のなかでの、吉田茂、鳩山一郎、岸信介、大野伴睦、河野一郎、三木武夫、池田勇人、佐藤栄作等の激しい闘い、官僚出身と党人との闘い。これらの栄枯盛衰を生々しく、歯に衣着せず鋭く語る。政治記者としても緊張感のなか躍動していた様子が伝わってくる。政治家の野心や欲望、嫉妬、策略がさらけ出される。それを観る人間学、歴史観や哲学があってこそできた「保守党の解剖」だと思う。
これぞ本格ミステリーと、真正面からぶちかます圧巻の力作。長野県北アルプス南部の蝶ヶ岳中腹に立つ装飾ガラスで覆われた奇妙な円錐形の「硝子館」。造り住むのは、帝都大学生命工学科の教授を務めていた神津島太郎。大富豪となった神津島は、重度のミステリフリークにしてコレクター。国内外のミステリ小説、映画、貴重な資料を買い漁り、この「硝子館」の展望室に収蔵していた。ある日、神津島は「重大な発表をする」と、ミステリ好きの医師・一条遊馬、名探偵を名乗る碧月夜、小説家の九流間行進、ミステリ編集者・左京公介、霊能力者の夢読水晶、刑事の加々見剛の6人を集める。館に住む神津島、執事の老田真三、料理人の酒泉大樹、メイドの巴円香の4人を入れて計10人。
そこで起きる連続殺人事件。山奥に建つガラスの尖塔、雪崩によって生じたクローズドサークル、連続して起きる密室殺人、ダイイングメッセージに血文字の暗号、個性的な招待者たち、秘密の地下牢と転がる白骨死体、隠し扉に秘密の階段、そしてかつてその場所で起きた「蝶ヶ岳神隠し」連続殺人事件・・・・・・。これを"名探偵"碧月夜が次々と解明、振り回されながらも"ワトソン"役の一条遊馬も自らの"犯罪"を心に隠しつつ事件を探っていく。
「ポー、ルブラン、ドイル、クリスティ、クイーン、カー、乱歩、横溝、鮎川、島田、綾辻・・・・・・。海外の古典から新本格まで私は夢中になって父の蔵書を読み漁った。・・・・・・ホームズ、デュパン、エラリー、ポワロ、明智、金田一、御手洗、それらの名探偵が実在し・・・・・・名探偵はまさにヒーローだった」「神津島さんは綾辻行人の『館シリーズ』を偏愛していました。特に本格ミステリブームの火付け役となった『十角館の殺人』を」「ただ、『十角館の殺人』で新本格ムーブメントが爆発する土壌を作ったのは島田荘司なのは間違いない。デビュー作『占星術殺人事件』『斜め座敷の犯罪』『暗闇坂の人喰い木』などの名作を生み出す一方、綾辻行人、法月綸太郎、歌野晶午など新本格ムーブメントを担う作家を世に送り出している」と作中で書いている。その島田荘司、綾辻行人、法月綸太郎等が帯でも賛辞を寄せ、有栖川有栖は「まるで本格ミステリのテーマパーク」と言っている。本格ミステリと呼ばれる高尚な知的ゲームの世界のド真ん中、がぶり寄りだ。
「日本も世界もリベラル化している」「リベラルは、『自分の人生は自分で決める』、すべての人が、『自分らしく生きられる社会』をめざすべきだという価値観のことだ」――。しかし、「自由で自分らしく」といっても、それが現実には呪縛となり、「リベラル化」のベクトルが全ての問題を引き起こしている。「誰もが自由に生きられる」というリベラルの呪縛が、「夢の氾濫と挫折」「グローバル市場のなかでの富の偏在」「成功も失敗も自己責任というベクトル」「薄いネットワークの広がりと親友・家族の減少等による孤独・孤立の深刻化」「誰もが知能と努力で成功できるようにはなったが、知能格差が逆に顕わになっている現実(知能の高い"上級国民"と知能の低い"下級国民"の分断)」「モテル奴とモテナイ奴、才能のある奴とない奴の宿命的亀裂」・・・・・・。つまり、「才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア」「知識社会・評判社会になっている今、"自分らしく生きる"という特権を享受できる"上級国民"と、"自分らしく生きるべきだ"という社会からの強い圧力を受けながらそうできない"下級国民"」となっているのだ。リベラルな社会の「残酷な構造」を率直に的確に剔抉する著作。
攻略がきわめて困難なゲームは「無理ゲー」と呼ばれる。リベラルなこの社会は、「『自由で自分らしく』というルールの下で、『社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する』という困難なゲーム(無理ゲー)をたった一人で攻略しなければならないという社会」だ。「無理ゲー社会」に現代人は放り出され、かつ人生の攻略難度はますます上がっている。その分析はまさに縦横無尽。
「自分らしく生きるという呪い」「『自分さがし』という新たな世界宗教(多様性が認められるようになり、マイノリティが社会に包摂されるようになるにつれて、かえってより深い分断線が引かれる)」「知能格差社会("知能+努力"のメリトクラシーのディストピア、教育と努力で夢が叶うという神話、遺伝的宝くじ=遺伝ガチャで人生は決まるのか、"哲学芸人"のパフォーマンス、知識社会における経済格差は知能の格差の別の名前、知能だけでなく努力にも遺伝の影響があり、"頑張れない"のだ)」「経済格差と性愛格差(白人差別のレイシズムと下級国民の王トランプ、日本の非大卒は子どもの高等教育に関心もなく苦痛でもある、脳は科学や理性ではなく陰謀論で思考する、"神"になった"非モテ"のテロリスト、男は競争し女は選択する、貧乏な男はモテない現実、モテ・非モテ格差は解消できないうえ低所得の男は更に苦境に追い込まれる、リベラルに強い敵意をもつに至る)」「ユートピアを探して(資本主義は夢を実現するシステム、富のベルカーブは崩れて格差のロングテールへ、移民にもUBIを支給するのか、いくらでも稼げるUBIの問題、MMTへの3つの疑問、働くこととUBI、MMTの最後の雇い主)」「評判格差社会という無理ゲー(お金は分配できるが、評判はできない)」――。生き辛さが増していく社会、"残酷な世界"をどう生きるかを問いかける。
「危機の今こそ、子どもの未来を本気で考えよう」が副題。長年、小学校の教諭を務めていた山口美智子さん。その途中、次男出生時に血液製剤フィブリノゲンを投与され肝炎を発症し、インターフェロン治療の副作用に苦しんで教師を退職、薬害肝炎訴訟の全国原告団代表となり、ついに「薬害肝炎救済法」が2008年に制定された。私も何度もお会いし、当時の福田総理とも救済を打ち合わせた。その後も現場で具体的に「救済」が進むように力を合わせ、連携を取るようにしてきた。
そうした「薬害C型肝炎訴訟」に勝利し、その救済に全力で走ってきた山口さんの"永田町・霞ヶ関"に対する率直な思いを描きつつ、その心には、常に「子どもの未来を考えよう」「コロナ禍の今だからこそ、幼児教育の『質』を考えよう」「幼保連携型認定こども園の現状」「保育と教育を一体化した『質の高い乳幼児期の保育・教育の実現』のために何が必要か」「園から小・中・高に繋がる教育の連続性」などを現場を踏まえて熱く語っている。常に暖かく真っすぐで行動的な山口美智子さんの熱と力が伝わってくる。
そもそも「生物はなぜ誕生したのか」「生物はなぜ絶滅するのか」「生物はどのように死ぬのか」「ヒトはどのように死ぬのか」「生物はなぜ死ぬのか」――。東大定量生命科学研究所教授、前日本遺伝学会会長、生科学学会連合代表の小林武彦教授が、医学というより「生物」「生命科学」での研究から論及し、思索へと導く。「死は生命の連続性を維持する原動力」「死とは、進化、つまり『変化』と『選択』を実現するためにある。『死ぬ』ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができた」「生まれるのは偶然、死ぬのは必然、だから"なぜ自分は死ぬのか"を考えることに意味がある」・・・・・・。
「138億年前にビッグバンから宇宙が始まり、やがて生き物の"タネ"が誕生する」「有機物が生成され、その中にはタンパク質の材料となるアミノ酸や核酸(DNA、RNA)の元"タネ"となった糖や塩基が含まれる」「自己複製型RNAが変化と選択を繰り返し、"生物のタネ"ができ上がる」「生き物の中で最も作りがシンプルなのは細菌(バクテリア)、それより小さいのがウイルス(遺伝物質DNAやRNAとそれを取り囲むタンパク質のカプシド(殻)からなる)。ウイルスは自分だけでは生きられない、体やエネルギーに必要なタンパク質を作れないので"無生物"」「ウイルスは直径1万分の1ミリ、スパイク(トゲの生えた膜)に遺伝物質であるRNAが入っている。体内に入るとスパイクが細胞表面のタンパク質と結合し、細胞にウイルスが入ると1本鎖のRNAが、宿主細胞のリボソーム(遺伝情報の翻訳装置、細胞内でRNAの配列情報からアミノ酸を繋げてタンパク質を作る装置)を使って自身を増やすためのタンパク質を合成、数百倍にも増える」「DNAとRNAは似ているが、DNAは安定していて分解されにくい。RNAは反応性に富んでおり、自己複製やタンパク質と結合しやすい」。
「現在の地球は、過去最大の大量絶滅時代」「ヒトの先祖は果物好きなネズミ?」「赤と緑の色覚の相同組換えという配列交換が起こりやすい」「アフリカに残った霊長類は、気候変動で木から下りたサルとなった(ヒトへの進化)」「死も進化がつくった生物の仕組みの一部(ほとんどが絶滅、"進化"して、たまたま生き残った)」「生物種で死に方が異なる。小さい動物は"食べられないこと"、大きい動物は"食べること"が生きること。人間のような長い老化期間はなく、生殖というゴールを通過すると寿命となる。死に方は生き残るために進化する過程の"選択"」。
「日本人の平均寿命は、旧石器縄文時代は13~15歳、弥生時代20歳、平安時代31歳、鎌倉・室町時代は20歳台に逆戻り、江戸時代は38歳、明治・大正は43歳~44歳、今は女性87.45歳、男性81.41歳」「幹細胞と生殖細胞は生涯生き続けるがゆっくり老化する。組織や器官を構成する体細胞は約50回分裂するとやがて死んでいく(幹細胞が新しく供給する)(体細胞でも心筋と神経細胞・脳は入れ替わらない)」「老化した体細胞は"毒"をばらまく」「老化細胞で多量に発現するFOXO4がP53を邪魔する。邪魔できないようにP53の結合部位にくっつく小さいタンパク質(ペプチド)を合成してマウスに投与すると機能回復した」「なぜ細胞の老化が必要か――活性酸素(細胞を酸化・錆びさせる)で多細胞生物の細胞が機能低下し、がん細胞が生き残って増殖する。がん化のリスクを避けるには1つは免疫機構、1つは細胞老化機構だ。細胞が異常になる前に新細胞と入れ替えるのが細胞老化機構だ。老化もまたヒトが生きるために獲得してきたものだ」「ヒトの体内でわざわざ細胞を死なせるプログラムが遺伝子レベルで組み込まれている」と解説する。
生き物が死ななければならないのは2つの理由――。1つは食料や生活空間などの不足。「食われない」「食えなくなる」に加えて、精神面でも「子供を作りたくなくなる」。そうすると「人類は100年ももたないと思う」と指摘する。もう1つは「多様性」のため。生き残りの仕組みは「変化と選択」、多様な"試作品"を作る戦略。そのおかげで「生命の連続性」が途絶えることなく繋がってきたという。生物は、ミラクルが重なってこの地球に誕生し、多様化し、絶滅を繰り返して選択され、進化を遂げてきた。「私たちはその奇跡的な命を次の世代へと繋ぐために死ぬのです。命のたすきを次に委ねて『利他的に死ぬ』というわけです」と語るのだ。
