2014年3月、埼玉県のアパートで70代の老夫婦が当時17歳であった孫の少年に殺害され、「金目当てだった」と供述した。少年は住民票を残したまま転居を繰り返し、行政が居場所を把握できない「居所不明児童」だった。少年は小学5年から中学2年まで学校にも通わせてもらえず、母親と義父に連れられ、ラブホテルを転々としたり野宿を繰り返し、度重なる虐待を受けていた。義父と別れ、生活費をかせぐために働いても母親は浪費するばかり。「生活費がないのはお前のせいだ」と責め立てられ、事件当日も母親から必ず金を得てくるようにきつく命じられ、借金を断られて、犯行に及んだ。「なぜ17歳の少年は祖父母を殺害したのか」――。裁判や少年の手記までも入れたノンフィクション。
捜査本部の一人は「とにかくひどい事件で、母親に道具のように使われていた少年がかわいそうだった」という。少年は街で見かける貧困児童や居所不明児童に関心をもってほしいと願い、「一歩踏み込んで何かをすることはとても勇気が必要だと思う。・・・・・・やはりその一歩は重いものです」と手記でいう。山寺さんは「少年を助けられなかった原因を公的機関の対応の間違いだけに帰結させ、一方的に批判して終わるべきではないと思う。私たち一人一人が子どもたちを守るという社会での自分の責任を自覚し、行動に移す努力をしなければ、同じような事件を防ぐことはできない」という。「善意を行動で示すのが苦手」「面倒に関わりたくなくて躊躇してしまう」ことになりがちだが「一歩踏み込む」ことの大事さだ。
貧困と虐待――。身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、教育・医療を受けさせないことも含めたネグレクトと経済的虐待。子どもに生計を助ける責任を不当に負わせる経済的虐待とともに高齢者から預金や年金を奪って使ってしまう高齢者虐待もある。子どもが稼いでも、また生活保護を得ても、この事件のように親がホテル宿泊やゲームセンターで使ってしまう極端な浪費もある。アルコールやギャンブル依存の親の問題も大きい。少年のような子どもが「見過ごされない社会」にするには、どうしたらよいのかを突き付ける。
「謎解きはディナーのあとで」の東川篤哉さんの独特のユーモアにあふれ、シャレた新感覚のミステリ。鯉ヶ窪学園高等部の第二文芸部長の水崎アンナが、自分の書いた作品をやたらと一年生の「僕」に読ませたがる。この小説は、第二文芸部の美少女・水咲アンナ部長が、次々に高校で起きる事件を鮮やかに解決するというミステリだ。
「文芸部長と『音楽室の殺人』」――放課後の音楽室で女教師が殺害され、犯人のアリバイトリックが桜の花びらによって暴かれる。「文芸部長と『狙われた送球部員』」――長雨の季節に起きた送球部(ハンドボール)主将の殴打事件と続いて起きる教師殺害事件。「文芸部長と『消えた制服女子の謎』」――夏休みのプールサイド、更衣室で女子生徒が殺され、制服姿の女子が現場から逃げ、忽然と姿を消す。
「文芸部長と『砲丸投げの恐怖』」――秋の体育祭を間近に控えたグラウンドで何者かが投げた球体が陸上部の男子の頭を直撃する。「文芸部長と『エックス山のアリバイ』」――地元の人間が「エックス山」と呼んでいる雑木林で脇腹にナイフが突き刺さった女性を水咲アンナが発見する。
今年はマックス・ヴェーバー(1864―1920)の没後100年――。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」「職業としての政治」など、まさに「知の巨人」であり、高踏派の人物ととられがちだが、じつは政治的にも"血の気"の多い闘争的人物であり、衝突を常とした激しい人物であった。あまたあるヴェーバー研究のなかで、本書は時代と格闘したヴェーバーの人物像を描く「伝記論的転回」を意図した意欲作だ。
「M・ヴェーバーは『鉄の歯』を持った男だった」とはソ連外相グロムイコがゴルバチョフに言った言葉だという。「強烈な主体性をもって何事でも自己貫徹をしようとしたヴェーバーには、この表現が相応しい」と今野さんはいう。世事を超越して知的に精進した「求道者」「人道家」、学会・大学運営への熱心な提言や官僚精神への抵抗、難題への集中力や弱者への義侠心をもつヴェーバーだが、一方では際限ない他者攻撃、プロテスタンティズムやドイツ・西洋などへの自分の側への極度の入れ込み、悪筆・難解な文体、社会ダーウィン主義への傾倒、カリスマ的政治指導への夢想、自身の言行不一致など、激しい二面性が同居していたことを指摘する。「主体性にも『独立自尊』という面と『傍若無人』という面がある」というのだ。本書の副題が「主体的人間の悲喜劇」であるのは、きわめて的確で納得する。
スペイン風邪で56歳の若さで死亡したヴェーバーは、ヒトラーのドイツには遭遇していない。"西欧派ドイツ・ナショナリスト" ヴェーバーとヒトラーは交わる面もあるが、本書でのヴェーバーの生涯から感ずるのは、宗教的倫理や人種など衝突は避けられなかったのではないかと思う。それは、師のシュモラーやアルトホフ体制批判の激しさや、生まれた家庭・生いたちの違いを見ても、時間を追うごとに亀裂を増していくと思われるからだ。
19世紀末の西欧の近代社会・産業社会への各国の攻防のなかでのドイツの興隆、そして第1次世界大戦とその敗北のなかでの疾風怒涛のヴェーバー。新興アメリカにも赴き、戦時となればプロイセン陸軍中尉として出頭したヴェーバーはきわめて人間臭い。
私にとってヴェーバーは青年時代、最も影響を受けた一人だ。京大相撲部に入部した時に、なんと相撲部部長が名著「マックス・ウェーバー」の著者・青山秀夫先生であった。この書を読むことは入部の必須事項のようなものだった。激しい学生運動、思想闘争、大学闘争へと大学は荒れた。常に論争はマルキシズムをめぐってのものだった。私は「経済の下部構造が上部構造を決定する」との論に、「経済等の根源に人間の生命があり、生命の変革・エートスの変革なくして社会変革はない」と主張した。ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」や大塚久雄先生の「社会科学の方法」などに感銘して、大胆にも仏法哲学と社会科学を架橋した。M・ウェーバーはそうした生きた思想だった。
ブレグジット、トランプ、プーチン――。米・欧・露は日常的に頻繁な交流があり、利害・思惑が交錯する。巨匠ジョン・ル・カレの最新作。1931年のイギリス生まれだから88歳になる。それ自体が凄い。
英国秘密情報部(SIS)のベテラン情報部員ナットは、ロシア関連の作戦遂行後、中年をすぎて引退が囁かれていた。英国はブレグジットで混乱、米国のトランプ政権の変化やロシアの情報部の脅威もあり、人員の吹きだまりのような部署「ヘイブン」支局長として異動になる。着任早々、ナットは新興財閥(オルガルヒ)の怪しい資産の流れを探る作戦の準備に忙殺される。息抜きは近所のスポーツクラブでのバドミントン。向かう所敵なしの彼に、エドという若者が挑戦してきて二人は親しくなる。そんな時、ナットのところに利用価値もないと思われていたロシア人亡命者セルゲイから緊急の連絡が入り、ロシアの大物スパイが英国で活動を始めるようだという。情報部全体が色めき立っていく。
登場人物は多彩。大きなアクションがあるわけではないが、各人物の思惑、本心の読み合い、読み取られないように細心の注意を払う言動や行動、個人と組織の相剋や忠誠心などが、人間存在の核心に迫るかのように繊細に描写される。息苦しいほどのスパイの日常、そしてその命の中に確立された信念や誇り、宿命というべきものが伝わってくる。
【私の読書録】
コロナ後の世界 ジャレド・ダイアモンド、ポール・クルーグマン、リンダ・グラットン、マックス・テグマーク、スティーブン・ピンカー、スコット・ギャロウェイ 大野和基(編) 文春新書
2020年9月 7日
このパンデミックで人類の未来はどう変わるか。世界の知性6人への緊急インタビュー。それぞれの専門家に、率直に聞いているだけに、興味深い。
「独裁国家はパンデミックに強いのか」(ジャレド・ダイアモンド 生物学・生理学・地理学教授でピューリッツァー賞受賞)――。「日本は諸外国に比べて、よくやっているように思う」「未知の感染症は動物が持っているウイルスが人間にも感染するように変異したもの。なぜ中国は何年も前に野生動物市場を閉鎖していなかったのか」「日本の人口減少はアドバンテージになる。日本の高齢者は健康、問題は高齢化ではなく定年退職システム」「移民を受け入れ、女性を家庭から解放しよう」「何よりも大事なのは中国、韓国との関係改善だ。フィンランドを見よ」「21世紀は中国の時代か?」・・・・・・。「AIで人類はレジリエントになれる」(マックス・テグマーク AIの安全性を研究する『生命の未来研究所』を設立した理論物理学者)――。「パンデミックとの闘いは情報戦」「ワクチン・新薬開発にAIが活用できる」「汎用型AI(AGI)となると大量のデータを必要としなくなる」「AIによる自動兵器の脅威に国際禁止協定を」・・・・・・。
「ロックダウンで生まれた新しい働き方(リンダ・グラットン 人材論・組織論の権威で『ライフ・シフト』の著者)」――。「新型コロナは人生100年時代への大きな影響はない」「長寿社会とは"より長く働く社会"」「日本と企業を支配してきた"男女分担の考え方"を変えよ」「日本が戦後の再建に費やした経済成長へのエネルギーを、『個人』『家族』『健康』に注ぎ込め」・・・・・・。「認知バイアスが感染症対策を遅らせた」(スティーブン・ピンカー 進化心理学の第一人者のハーバード大教授)――。「中国の独裁主義が感染拡大を助長した」「いいニュースは報道されないジャーナリズムの罪」「我々の認知能力はバイアスの影響をすぐ受ける」「AIへの不合理な恐怖」・・・・・・。
「新型コロナで強力になったGAFA」(スコット・ギャロウェイ デジタルマーケティングを教えるニューヨーク大学スターン経営大学院教授)――。「パンデミックでビッグテックはますますパワフルに。企業統合の動きが続く」「GAFAはあたかも高速道路の巨大料金所」「GAFAを禁止する国が出てくる」「GAFAはパンデミックでパワフルになり、70~80%の企業は弱体化する」「オンライン教育となると二流大学は倒れていく」「在宅勤務のできる人とできない人の格差が広がる」「BATとGAFAのぶつかる場所はアメリカではなく、アフリカやインド」「GAFAの負の側面から目をそらすな」・・・・・・。
「景気回復はスウッシュ型になる」(ポール・クルーグマン 2008年ノーベル経済学賞)――。「労働人口の20%ほどが突然仕事を奪われ収入がなくなった"人工的な昏睡状態"」「ためらわずにバズーカ砲を撃て(強力な金融緩和策)」「景気回復のカーブはU字型でもV字型でもなくスウッシュ型になる。それも二歩進んで一歩下がる」「消費増税は税収を減らすだけ」「インフレ率を上げれば、実質金利が下がり、個人消費は喚起される。インフレ率が低迷しているのは、企業が賃金を十分に上げないことと、モノの価格を上げたがらないことにある」「インフレ目標を達成するには、減税や公共投資などの財政支出、爆発的財政支出が求められる」「ドイツはEUの"問題児"」「米中貿易戦争に勝者はいない」・・・・・・。
いずれもきわめて率直に語っている。
