第二次世界大戦後、ブラジルの日本移民社会において起きた「勝ち負け抗争」――。本国との情報を遮断された日系人社会で、日本の敗戦を認めたくない「戦勝派(勝ち組)」は、連合国の謀略だとし、敗戦を認める「敗戦派・認識派(負け組)」を襲撃した。皇国への畏敬や帰国願望、それにつけ込む詐欺事件(偽宮事件など)がうずまき、23人もの死者、多数の負傷者を出した。異国で、日本人の矜持を持って入植地で寄り添いながら苦難を乗り越えた仲間を分断した亀裂。「このゴミ溜めにおる20万人の日本人、俺たちはお国に捨てられた度し難い棄民だ」「日本は負けたんだ! 情報の入ってこない植民地などをいいことに、騙されているんだ!」「ガイジンの中で生きる移民の女にとって、日本が勝ってくれることこそ切実な希望だった。信じたかった。信じるしかなかった」「誰もが見たいものを見るものだ」・・・・・・。私は35年前、ブラジルに半月ほど滞在、苦労話を溢れるほど聞いた。移民の歴史と思い、異国であればあるほど募る望郷の念と、日本人たる自分と、ブラジル社会で生き抜くこと――。本書でそれが鮮明に蘇った。意義ある力作長編。
1934年、沖縄生まれの比嘉勇は、両親となった正徳・カマ夫妻(勇の父親の従弟)とブラジルの日本人入植地「弥栄(いやさか)村」に入る。そこで無二の親友となる南雲トキオ、樋口パウロ、勇の妻になる勘太の妹・里子、学校の先生・渡辺志津らと会う。しかし、時代は枢軸国と連合国の戦争へと進み、弥栄村の日系人への締め付けが厳しさを増していく。そして第二次世界大戦、劣勢でどんどん本土決戦に追い込まれていく日本だったが、入植地には連戦連勝、「追い込まれているのではなく引き込み作戦」をやっているのだとの知らせのみが届いていた。そして終戦間近、勇は「愛国団体」を結成する。無二の親友である勇とトキオは引き裂かれていく。今、フェイクニュースが飛び交う情報過多、かつ攻撃性を持つSNS社会を背景にしてみると、この力作を読む価値がある。
プロの批評家、本格的で学術の世界の「批評の教室」――。かくも構造的、立体的、そして時間軸、時代空間をもって批評が行われるか、感心する。「チョウのように読み、ハチのように書く」が副題だが、確かにこの言葉を生んだモハメド・アリのボクシングは美しく、人間くさく、巧妙で、民族・宗教が背後から滲んでいる。演説でも「面白さ」と「深さ」と「一体感」がなければ人の心に届かない。それがあった上で、磨き抜かれた表現技術に乗せて心に迫る演説となる。さらに芸術の域に達するには相当の蓄積が必要となる。
「批評と言うのは、作品の中から一見したところではよくわからないかもしれない隠れた意味を引き出すこと(解釈)と、その作品の位置づけや質を判断すること(価値付け)が、果たすべき大きな役割」「批評に触れた人が、読む前よりも作品や作者についてもっと興味深いと思ってくれれば、それは良い批評だ」と言う。
批評する場合、ステップを踏む必要があり、「精読する」「分析する」「書いたり口頭でアウトプットする」の3つを提示し、その手法を例示ながら解説する。プロならではのものだ。読書の感想文とは違う次元の独自の作品であることがよくわかる。「分析」で、「ロミオとジュリエット」をタイムラインですると、不自然なほどのテンポで話が進んでいることがわかる。「タイムライン」「図に描いてみる」ことは、構造分析、物事を因数分解して考えるということでもある。よく題材としても出される新美南吉の「ごん狐」を「美食文学」として独自の批評を示している。私と同じ愛知県、そして知多半島で生まれた「ごん狐」について、どこか郷里の匂いが私にはしてくる(うなぎの匂いではない)。また「批評を書くときの覚悟として大事なのは、人に好かれたいという気持ちを捨てることです。批評というのは作品を褒めることではなく、批判的に分析することです」というが、プロの世界の時空と覚悟を余すことなく表している。
昨年11月、亡くなった瀬戸内寂聴さん。その3ヶ月前に聞いた「瀬戸内寂聴からの最期のメッセージ」。
「愛は見返りを求めません」「本当に好きになるということは、相手の全てを許すこと」「恋愛は雷に打たれるようなものだから、不倫があっても仕方ない」――。「私は必ず褒めるようにしている。洋服のセンスがいいとか、笑顔が可愛いとか。どんな人でも自分のいいと思っているところがある。そこに気づいて褒めてあげると、自信を取り戻します」「他人の幸せを喜べない人間がいます。嫉妬は人間として醜い感情です。嫉妬する人は、される人の努力がわかっていない」「同じような人が2人、3人集まったら嫉妬心は雪だるまのようにどんどん大きくなる。私は言わせるだけ言わせる。発散したほうがいいから」――。
「うまくいかないことを誰かのせいにするよりも、自分のことは自分で決めて責任を持ちなさい」「誰かに相談してもらうといっても、ほとんどの場合、自分で大体決めているもの」「らしさのプレッシャーに縛られる必要はない。ずっと男社会だからです」「他人と比べたり、過去を悔いたりしても、人は幸福にはなれない」「他人の目を気にせず生きていく。たとえ辛いことがあっても」「批判されても、悪口を言われても、自分が好きなように生きれば良い」――。「当たり前の事など、この世には1つもない。すべては有り難いことばかり」「続けられることも才能だというが、好きなことでなかったら物事は続けられません。好きなことが、その人の才能です。何歳になろうが好きな事は見つかります」「いい波が来たら見逃さずに乗りなさい。思い切ってエイッと踏み出す行動力」「やらないで後悔するよりも、やって後悔する方が良い」「この年になるまで、好きなことを好きなようにして生きてきた。何も心残りはありません」――。
「この世に変わらないものなどない。苦しみ悲しみは辛いが、辛抱して打ち勝つしかない。ヤケを起こさないこと。苦しみや悲しみもいつかは変化する。良いことも永遠には続きません」「悪口を言われても、そういう奴は不細工に決まっているから放って置け。あなたならできるから」――。
明暦の大火(振袖火事) (1657年1月、将軍家綱)は、江戸城をはじめ市中の6割を消失させ、死者は10万人にも及んだというが、「反幕浪人による放火ではないか」との噂はその後も残っていた。大火後も、浪人が跋扈し、火付盗賊、火事場泥棒、辻斬りが繰り返される江戸。しかも老中と御三家の緊張関係が続き、その中には振袖火事の真相をめぐる政争もあった。徳川の治世はこの時、まだ定まっていない。
その再建の任を受けたのが、若き頃は遊蕩狼藉で知られていた水戸光國。江戸の再建、学問の振興、治安にと情熱を注いでいた。幕府には捨て子を保護し、間諜として育てる隠密組織「拾人衆」なるものがあった。父を旗本奴に殺された無宿者の少年・ 六維了助は、それに加わり、光國からも目をかけられていた。そして、仲間とともに火付盗賊「極楽組」を追う。そんななか、父の死の真相について、光國が悪い仲間にそそのかされて手を下したという驚愕の事実を知る。了助のやりきれぬ心境、光國の深き悔恨の入り混じるなか、了助は、柳生列堂義仙(柳生の末子)とともに、極楽組を追い日光へと向かう。義仙と極楽組の激しい知恵比べだ。道中での各組織入り乱れる諜報と戦闘が繰り広げられる。
分断、格差が問題となる社会。貧困、虐待、想像絶する過重労働やハラスメント・・・・・・。眼前にある実態を極めてリアルに描き出すとともに、そのなかで生き、生き続けなければならなかった33歳になる男同士の友情と葛藤と戦い。残酷と悲惨、むごさのなかでの人間の宿業、哀しさ、弱さ・・・・・・。哲学を超えるような諦観のなかで生きる姿が、やるせないほど胸底に迫る。「どうしようもなく暗い夜も、必ず夜が明ける」「苦しかったら助けを求めろ」「自分には、困ったときにあらゆる人に助けてもらう権利がある。どんなクズでも、ダメな人間でも、生きてるから権利があるんじゃないの」「気張らず、正直に生きる。守るとか、言い返すとか、敵を作って、身内の悪いところは見えないようにする。それって不健康。勝つことが目的ではなく、続けることが目的なんだから」・・・・・・。
「お前はアキ・マケライネンだよ!」と「俺」はアキ(深沢暁)に声をかける。高校1年生の時だ。アキは身長191cm、頬には深く皺が刻まれ、3、4人は殺して埋めてきたような風貌で入学式に現れ、とんでもない暗い空気を発していたが、オドオドしていた。アキ・マケライネンは、映画「男たちの朝」に出たフィンランドの俳優だ。「俺」は普通の家庭に育ったが、父親が交通事故で死亡して貧しい家庭と転落し、アルバイト生活を余儀なくされる。アキは母子家庭、母親にネグレクト、虐待され、ひどい吃音で小中学校時代も身を隠すようにオドオド生きてきたが、「お前はアキ・マケライネンだよ!」の一言で人生は一転、勇気を持って級友の中に入っていった。2人はかけがえのない存在となったのだ。そして大学卒業後、「俺」はテレビ制作会社に就職、これが想像絶するパワハラ横行のブラック企業、心も体もズタズタになり、手首を何度も切るに至る。一方アキは、その異形ぶりから劇団に入るが、あまりにも理不尽な仕打ちに遭い、これも心身を壊していった。33歳の今に至るまで、苦労などと言うものではない、心身ともに疲れはて、社会から踏みつぶされ、はじき出されていく。そんななかで、幼き頃からアキは日記をつけていた。
「生きるとは」「生き続けることとは」「人が生きるために真に必要なものとは」「救いの手とは」を、絶妙な筆致と問いかけの深さで迫っていく。凄みのある力作。