かつて、名探偵の時代があったとする。平成中期、難事件が発生するや、名探偵が正義の味方として現れて、その場で警察を差し置き鮮やかに事件を解決して脚光を浴びる。しかしその後、ブームは去っていった。
それから20年も経過した令和の今――。かつて名探偵として活躍し人気を誇った五狐焚風(ごこたいかぜ)が、夫とともに喫茶店を営む元助手であった鳴宮夕暮を訪れる。20代の頃に名探偵と助手のコンビとして一世を風靡したニ人だったが、令和になった今、YouTubeの人気チャンネルで、突如、名探偵の弾劾が始まり、その槍玉に挙げられ炎上し始めていた。約20年ぶりの再会。2人はかつての事件を検証する旅に出る。夕暮は五狐焚風シリーズとして本を出版しており、それもたどることになる。
最初の事件は「骨格標本になった兄」――。大学構内で「人体の神秘展」が行われて、遺体の標本がなんと職員の兄だったという事件。第二の事件はクリスマスイブにペンションで起きた「鬼屍村連続殺人事件」。第三の事件は「瀬戸大橋急行殺人事件」――瀬戸大橋を渡る特別豪華列車内で起きた爆破事件。社長は爆破で死んだのか、すでに死んでいたのか。第四の事件は「飛ぶ神と飛ばないお父さん」。瀬戸内海に浮かぶ無人島に作られた教団で、教祖の嘘を暴いて、息子の洗脳を解こうとする話。息子は夕暮れが本にしたおかげで、その後の人生で大変苦労する。「名探偵がいかに有害か、助手の有害性」だ。第五は「少年が神話になった日」――学校でクラスメイトが殺される。第六の事件は「巨大施設は大迷宮!」――プロデューサーの男性が、2階席から落ちてくる。既に死んでいたのか落ちて死んだのか、さて犯人は? 第七の事件は、本にはなっていないものだが、寒い師走の夜に起こった「荒川河川敷射殺事件」――。いずれも、奇想天外な事件で、名探偵が、鮮やかに謎解きをしたのだが・・・・・・。
20年余り経過し、犯人とされた者のその後、関係者の今でこそ話せる真実などに触れる。平成のテレビ時代と令和のネット時代の価値観の大きな変化。マスコミの作った虚像の時代とネットで直接直ちに拡散され非難される時代の劇的変化。風と夕暮は、鮮やかに断罪したつもりが、真実はそれとは少しずれていることを改めて感じるのだ。スパッとした正義の切れ味は、実は事実の部分を切り落としたからこそ生まれたものだ。「昔みたいな名探偵の出番は、現在ではもうない。あの頃の名探偵は、必要性と有害性を両方持ってて、名もなき誰かの犠牲を出しながら、前に前に進んでいた。事件は解決したけど、いろんな人を傷つけてもいて、そんな些細な犠牲は無視していいんだって、なんていうか、きっと、みんなが。名探偵だけじゃなく、わたしたちみんなが」と思うのだ。
事件をめぐる検証の旅は、人生の謎を解く旅ともなった。「過去の自分がいつも正しかったわけじゃないってわかったことが、俺にとっての収穫だった」「モトオクと話しても、自分が良かれと思ってしたことが、向こうを困らせてたとか、推測したことが事実と違ったとか。夫婦関係悪化事件の謎が、今になって、一つ一つ解けてきたんだ」と風は思う。夕暮は「あぁ、人ってわからないものね。人のことって、持ってるものばかり見えて、持ってないもののことは見えなかったりするもの。その逆もあるけど。誰のこともわかっちゃいないんだよね」と思うのだ。そしてニ人は前を向く。そんな人生論を思い起こさせる独特な小説。