北海道の厳しい自然環境のなか、人と獣の業と悲哀を圧倒的な迫力で描き続ける河﨑さんの最新作。
明治18年初夏、瀬戸内巽は政治活動をした国事犯として徒刑13年の判決を言い渡され、北海道の樺戸集治監に収監される。21歳だった。劣悪な5人部屋の雑居房。そこで一緒になったのが山本大二郎30歳。極寒、劣悪、過酷な日々が始まるが、この大二郎、女の話や食い物など囚人の欲望を膨らませる夢のような話で周りを巻き込む法螺吹き男だった。巽は親しくなるが、大二郎は、「俺の宝物なんだ」と小さな水晶の石を大事に隠し持っていた。あまりにも厳しい極寒の冬を何とか乗り切るが、翌春、2人は硫黄採掘に従事するため、道東の釧路集治監へ移送される。吹雪で仲間が命を落とすなか、中田看守と2人は、やっとたどり着くが、そこでの労働は、これまで以上に過酷、硫黄のために体を壊し死ぬものも多かった。大次郎は体をやられ、目を悪くする。
2年に及ぶ苦役を何とかしのぎ、明治21年暮れ、3人は再び樺戸へ戻ってきた。大二郎は明治22年1月末、収監されていた屏禁室が火事となり、脱走する。
「山本大二郎はどこの出身なのか、何の罪を犯したのか」「あの石は一体何なのか」「法螺話や大仰な話をして場を楽しませていた男の真実の正体とは」「火災はなぜ起き、大次郎はどこへ行ったのか」・・・・・・。明治30年1月、恩赦もあって、刑期を終えた巽だが、脳裏にはその疑問がつきまとう。中田看守から大二郎はかつて幼子2人を殺した男だと聞くが・・・・・・。
絵の名人であることを隠していた大二郎。「囚人というのは徹底して、看守に従順であることを課せられる。ならば、本当の自分を晒さないこと、それは当人にとってはささやかな抵抗として機能し得るのではないか」「山本大二郎は、相棒にまで絵の趣味を隠し、密かに集治監の体制に抵抗していた」・・・・・・。しかし普通の勝利への抵抗では全くない。地獄の中に住み続ける男の諦念の境地が、真実に迫るなかで心奥に伝わってくる。