「蘇我の娘の古事記」(周防柳著)も抜群に面白かったが、その時代に続いて2度にわたって皇位にあった女帝高野(阿倍の時代を「孝謙天皇」、重祚後の高野の時代を「称徳天皇」)と道鏡の恋の真相、奈良の都の最大の醜聞の真相を、天智天皇以降の皇統の連綿たる系譜の中で描く。皇位継承の争いと天皇の女心、道鏡の人物像が立体的に浮かび上がってくる。見事な力作。
21歳で歴史上唯一の女性皇太子となった阿倍は、「我らの輝ける御祖、天武天皇と持統天皇のお二人によって創り出された高御座の業を少しでも永く保て」と愛する父・聖武天皇から玉座を託される。母・光明子は帝聖武の妻である前に、藤原一族の女王であり、藤原氏の世にしようと仲麻呂と組んで画策する。阿倍は仲麻呂を信じ大炊王に譲位するが、用済み扱いとなり、日陰の谷間に追いやられる。失意のなか生きる気力を失った姫太上天皇の病の源を取り除き救ったのが道鏡禅師。阿倍は吉備真備、道鏡らと仲麻呂を討ち果たし、玉座に返り咲き、高野と称する。道鏡は法王に上り詰める。
持統天皇が夫・天武天皇への愛。二人が創り上げた皇統の血を守りぬかんとする高野。それを支える道鏡との激しい恋----。やがて、道鏡が、女帝の寵愛を良いことに、さらなる欲をかいて天皇になろうとしているなどの醜聞がまき散らされる。女帝・高野の追い落としが画策される。皇位継承の激しい争いだ。その中心となるのが、壬申の乱以降、日陰になってきた天智天皇系の者たち。
物語は、衝撃的な歴史の真実に至る。「壬申の乱はなぜ起きたのか」「天智天皇はなぜ天武でなく、愛児・大友皇子を立てようとしたのか」「この国のすめろきの道のあるべき筋とは」「道鏡とは何者であったのか」――。本書は、驚愕の事実を、歴史ミステリーのように、100年の歴史をうねるように描き切る。
歴史を大きく変える「恋する女帝」――。持統天皇の天武天皇への鋼のような愛。女帝高野の道鏡への全身の愛。道鏡の本心。そして男帝の血・・・・・・。歴史は孝謙天皇、称徳天皇を経て、天智天皇系の白壁王、そして桓武天皇に引き継がれていくのだが、その意味が明かされていく。
奈良の都、女帝と道鏡の醜聞の真相が、100年にわたる皇位継承の争いの根源から解き明かされる。ギラギラした道鏡ではなく、透明感と深い思索と溢れる愛を抑制する奥行きのある男として描く。
歴史の謎と情愛のうねりを剔抉、解明する素晴らしい傑作。