「アンパンマンとぼく」が副題。「絶望のとなりに だれかが そっと腰かけた 絶望は となりのひとに聞いた 『あなたはいったい誰ですか』 となりのひとは ほほえんだ 『私の名前は希望です』(絶望のとなり)」――。「一寸先は光」というのが嵩のモットーだった。「どんなに深い闇でも、目をこらせば光はある。生きるということを肯定し続けた生涯だった」と、やなせたかしを「先生」と仰ぐ梯久美子さんは言っている。
NHKの朝ドラの「あんぱん」は、妻となる暢の「ハチキン」「韋駄天おのぶ」が中心となり、母に捨てられ、孤独と屈折する感情の無口で気真面目な嵩が描かれているが、本書は99%がやなせたかし。父と母、伯父の家、青春の日々、軍隊へ、徴兵されて中国へ渡り、戦場で飢えを経験、弟千尋の戦死、売れない仕事、そしてアンパンマンに託した嵩の思いが丁寧に描かれる。
「(中国の地に足を踏み入れた嵩)支えになったのは、日本が正義の戦いをしているのだという思いだった」――。しかし、敗戦とともに信じてきた「正義」が突然ひっくり返る。そして「ある日を境に逆転してしまう正義は、本当の正義ではない」「正義の戦争などというものはない」「勝った側は百%正しかったのか。そうではないはずだ」「正義のためなら死んでも仕方がないと思っていた自分は、いったい何だったのだろう」・・・・・・。そして「ひっくり返ることのない正義はあるのか」「もし、ひっくり返らない正義がこの世にあるとすれば、それはおなかがすいている人に食べ物を分けることではないだろうか」と悟るのだ。
優しい言葉で「アンパンマン」「手のひらを太陽に」、雑誌「詩とメルヘン」を創刊して30年間も編集長をつとめる。苦難ばかりが押し寄せるが、誠実に懸命に生きたやなせたかしの祈りと哲学が語られる。こんなまっすぐな人生を歩むことができること自体に感動する。