「華岡青洲の妻」「恍惚の人」「複合汚染」などの有吉佐和子の小説「青い壺」が、急に2025年上半期文庫ランキングの第一位だという。なぜ今・・・・・・。
無名の陶芸家・牧田省造が焼き上げた美しい青磁の「青い壺」をめぐる13の連作短編集。青磁を焼いて30年、これほど美しい色が出せたのは初めてだと感じ入っていたところ、道具屋が来て古色をつけてくれと言われ憤慨する省造。心中を察した妻はその「青い壺」をデパートの美術商の元へ売り渡す。そこからこの「青い壺」は次々と実に多様な人の手に渡る流転の旅に出ることになる。定年退職して家でぼんやりする夫を持て余す妻は、世話になった副社長へのお礼として、この「青い壺」を買い、夫に持たせる(第二話)。会社に持参した男がかつてのデスクに居座る光景は怖ろしくなる。「青い壺」に美しく花を生けよ苦心する副社長の妻。見合いをさせようとして、今時の若者の考えに呆然としたり、急に帰ってきた娘から婚家の醜い遺産争いの愚痴を聞く(第3話、第4話)。両眼が不自由になった途端に、ひどい仕打ちにあっていた母を兄の元から引き離し東京に呼んだ娘。白内障の手術を終え見えるようになった母は美しい「青磁の壺」を見る(第5話)。迷惑がられる老人の姿が残酷なほど痛々しい。
「青い壺」は、お礼や治療費の代償に贈られたり、放置されたり、盗まれたりしながら旅をする。生き残るのは「美しい」という価値があるゆえ。戦前の上流社会を懐かしむ老婆、女学校の卒業から50年ぶりの同級会のやりとり、45年ぶりにスペインに帰郷する修道女(プレゼントされた「青い壺」は、海を渡る)、そしてスペイン旅行中に急性肺炎になったという入院患者の男は高名な美術評論家。スペインで見つけたこの「青い壺」は、12世紀初頭の南宋の竜泉窯の名品だと、なんと省造自身に言い張るのだった。
ぐるりと回るダイナミックな構成。各話一つ一つが、執筆された50年前の世相を実にクリアカットに描き上げている。ユーモア、皮肉も鮮やか。退職後の男の悲哀、戦争を体験した世代の感覚と、戦後世代との意識のズレ、嫁と姑との確執、サラリーマンと専業主婦、便利な電化製品、おばあちゃんが京都に行くとなると東京駅へ見送りに行く・・・・・・。まさに昭和の時代の陰影が立体的に浮き彫りにされる。21世紀の直面する日本の課題の原風景がそこにあるが、まだ素朴なゆったりさがあった。3丁目の夕日から20年後、現在から50年前。SNS、デジタル、タイパ・コスパの今、若者は、この作品をどのように「面白い」と感ずるのだろうか。