取り壊しが決まっている老朽化したマンション。少しずつ空き部屋も増えるなかで暮らす住民の悲哀や憂鬱、仕事などの日常を、それぞれの部屋ごとに描く7小編連作。特別なドラマでもない、成長物語でもない。脱力系のなぜか新しい感性がにじみ出る作品。
「204号室 28歳は人のお金で暮らしたい」――。コンカフェに勤めながら、恋人と同棲生活を送っている28歳の芹。結婚もしたくないが、独身の40歳にもなりたくない。自分のしたい生き方を手に入れるために男の高収入を利用するのは動物的に思えるが、高収入男と結婚すれば、お金は確保できても何か我慢と不自由が付随する気がして仕方がない・・・・・・。
「403号室 43歳はどうしても犬が飼いたい」――。「ペット禁止」のこのマンション。43歳バツイチの女ライター鮎美は犬を飼いたい気持ちを抑え切れない。
「402号室 8歳は権力を放棄したい」――8歳の李一は3人兄弟の長男。縁日に行っても、家族で食事をしても、「何があっても最初に起こされるのは自分」というように、長男として扱われる李一。与えられた「長男の権力」を放棄したいと思うことも・・・・・・。確かにあることだ。
「501号室 17歳はこたつで美白に明け暮れたい」――。両親が離婚し、母と2人で暮らしている高校生の17歳の羽衣。奔放な母の自己中はもう慣れたが、ブサイクで金もない恋人と付き合っている母が気に食わない。2人を別れさせたい羽衣。
「309号室 33歳はコインロッカーを使わない」――。10年以上ホストとして生きてきた33歳の春樹。同棲中の女を実家に連れて行こうと思っていたら、あっけなく女は出て行ってしまう。いろいろな女性と付き合い、そして去っていく。
「403号室 39歳は冷たい手が欲しい」――。40歳を目前にして、子供が欲しいかどうかもよくわからないまま、卵子凍結を決めた元女優の有希子。人生の選択を先送りする最良の方法だと思って・・・・・・。
「1階 26歳にコンビニは広すぎる」――。マンション1階のコンビニで働くジュン。マンションの住民と顔見知りになるし、その生活や人間関係、最近の様子が気になってしまう。「今あるものでは、何もかもが満たされない。かといって自分の欲しいものがよくわからない。一度は文句を言うが、ではどういう変化が望ましいのかと問われれば黙り込むしかない」――。そんな人々。
貧しいのか豊かなのか。安定とか成長をさほど求めることもなく、悩みや不安、憂鬱を抱えながらも平板で普通に生きる人々。マンション解体で出て行かなくてはならないのだが、切羽詰まっているわけでもない。現代社会の断面をサクッと切り裂く作品は、最も現代的なのかもしれない。「空き部屋の多い建物は、昼間に見てもどこか鬱蒼とした森のようで物悲しい。ところどころの部屋に残った住民は、まるで暗い森に隠れる不気味な動物で、来る森林伐採を恐れて、ひっそりと暮らしている」・・・・・・。
