「享保のデリバティブ」と副題が付いている。第8代将軍吉宗の享保時代。天下の台所、大阪堂島には全国から米が集まり、日々値がつけられ、膨大な取引が行われていた。しかもこの時代、貨幣経済が始まり、すべての中心の米の市場が形成されるという歴史の分水嶺。
江戸の幕府は、米の年貢収入が権力の根源であっただけに、その米価が大坂の商人たちの意のままに決められていることに苛立っていた。商人たちは、紙と筆と頭脳を用い、利鞘を稼ぐ今でいう先物取引に魂を注ぐ状況。「米価は武士にとって死活問題。その米価を大坂商人がほしいままに操るとは不届き千万」と米価の決定権を握ろうとする幕府と、市場の自治を守ろうとする大坂商人との真っ向勝負、「銭金の世の関ヶ原」が描かれる。史実に基づく躍動のフィクション。
主人公は垓太とおけいの双子の姉弟。おけいは犬橋屋安兵衛という小さな米仲買の妻であったが、夫が大坂を襲った「享保の大火」で圧死、垓太に跡を継がせる。一方、江戸の吉宗は大岡越前守忠相に指示し、江戸の商人を大坂に送り込み、コントロールしようとする。
激しい頭脳戦。焦点は帳合米の扱い。「なんでこの世に帳合米があるのか。・・・・・・まさしくそれです。下がったら上がる。上がったら下がる。手を加えるなんて誰もできひん。大岡様も上様も。それを決めるのは、商人たちの欲の流れなんです」「資本の親子関係というべきか。大阪の米の値段とは、こういう巨大な蜘蛛の巣のようなものによって、日本の隅々にまで伝わっているのだ」「せやから大坂の値段は、大坂の値段やないんです。天下の、値段」・・・・・・。吉宗も、支配、被支配とは全く違う利益と損失の論理が世に行き渡り、大名も百姓も商人も巻き込んで、全国60 余州の国と民をひとつのものにしてしまっていると思い知るのだった。
市場経済、貨幣経済が、江戸と大坂、武士と商人、享保の米騒動の激しい戦いの中で始まっていく。面白い。
