「夫が死んだ。死んでいる。私が殺したのだ。ここは? 仙台市内の自宅マンションだ」――。結婚して妊娠、そして夫の転勤。その頃から、夫は別人のように冷たくなり、罵られた。そしてついに暴力。佐藤量子は、金槌を掴み・・・・・・。もうそろそろ息子の翔が幼稚園から帰ってくるのに・・・・・・。そこに何故か、2週間前に近所でばったり会った大学時代のサークルの後輩・桂凍朗が訪ねてきて、「量子さん、旦那さんはどうしていますか。怒られているんじゃないですか。問題が起きていますよね?中に入れてください」と、事件がわかっているようなことを言う。そして死体を革袋に入れ、車で山奥に運んでいく。そこで量子は意識を失う。
山中で眠っていた量子を起こしたのは破魔矢と絵馬の若い夫婦。「俺たち、探しているんですよ。桂さんを。ジャバウォックで何かを企んでいるから」。「鏡の国のアリス」に出てくる怪物・ジャバウォック。トキソプラズマという寄生虫が脳に入り、恐怖心や不安感を鈍らせる神経伝達物質を作らせるように、ジャバウォックは、人間の脳の前頭前野(理性や衝動の抑制を司る)に張り付いて収拾のつかない暴れ方をさせると言う。アルコールが脳に働きかけ、冷静な思考を妨げ、失言や暴言、暴力を誘発するが、それ以上のケタ外れに・・・・・・。
「人の脳からこのジャバウォックをいかに剥がすか」――。桂も破魔矢も絵馬もSFのような物語が展開される。音楽家・伊藤北斎とそれを助ける斗真、ジャバウォックに侵されるた北斎の娘・歌子。「歌子さんの場合は、あの交通事故で亡くなった人から移ったんだろうと言われました」「音楽を使い、ジャバウォックを剥がす。そして亀に移動させる」・・・・・・。
そもそも「人間の本質は『暴力』なのか、『親切』なのか」「動物の中で、これほど温厚な種はいないし、これほど残忍な種もない」「人を助けると気分が良くなるという性質がプログラムされている時点で、ヒトは、特別に温厚で親切。そして、優しい」「他人と過去は変えられない。だけど、自分と未来は変えられる。・・・・・・桂さんは、他人どころか、ヒト全部を変えたかったんですよ」「ヒトのニ面性----ずいぶん前から『琴線に触れる』と『逆鱗に触れる』を混同する人が増えているのを知っていますか? ・・・・・・意外に紙一重だと思いませんか。感動と怒りは、実は近いんです」・・・・・・。
物語は、SF的、あるいは翻弄される主人公的存在・ 量子の名に象徴される量子力学、量子もつれ、さらに人間の善悪の哲学、科学の進歩と人体実験などを往還しながら、最後のクライマックスヘと合流していく。1日と思えたのが20年だったという驚きの結末でもある。
