関東大震災の後、大正から昭和にかけて――。東京上野の繁華街を過ぎてちょっとの所にある「カフェー西行」。あまり流行ってはいないが、食堂や喫茶を兼ねて近隣住民の憩いの場となっていた。穏やかな店主が淹れるコーヒーの香りがただようこの店には、個性豊かな女給たちが朗らかに働いていた。震災、不況、戦争へと向かう激動のなか、様々な事情を抱える女性たちはどう生きたのか。戦争に向かう男たちの陰で、悲しみを抑えつつしっかり生きる女性たちを、実に静かに丁寧に心のひだを擦るように描いた絶妙の5つの連作短編集。よく練り上げられた素晴らしい秀作。
「カフェー西行」には3人の女給がいる。竹久夢二の絵のような色っぽい柳腰のとびきりの美人・タイ子、親切で清々しい小柄な美登里、皮膚が浅黒く眉もまつ毛も黒々とした野性的な容姿で高女出の文学好きのセイ。
「稲子のカフェー」――。国語の教師の夫がタイ子の家によく通うようになり、その仲を疑った稲子はタイ子に会う。タイ子は夫を亡くし、一人っ子の豪一を育てていたが、字が読めなかった・・・・・・。
「嘘つき美登里」――。昭和4年4月、松坂屋上野店の新館が開店、日本で初めての「昇降機ガール」が生まれた。美登里はその制服に憧れる。「女給募集 19歳」の求人の紙を見て、「妹小路園子」というよく肥えた中年婦人が「19歳」「華族」と言って入ってくる。嘘と思っていたが、探ってみると・・・・・・。面白く絶妙。
「出戻りセイ」――。10年前、カフェー西行をやめたセイが戻ってきた。35歳の年増になって。髭面の男が店に来ては、髪型をああしろ、こうしろとうるさく言う。悔しいが助言は正しい。向井正一という理髪師だった。そして向井に召集令状が来て・・・・・・。
「タイ子の昔」――。20歳になったタイ子の息子の豪一が出征する。35歳で女給を辞めたタイ子はいろいろあってタバコ屋になっていた。豪一と手紙のやりとり。心配でならない。「無事に帰ってきて」・・・・・・。
「幾子のお土産」――。昭和25年、店主兼マスターの菊田は喜寿を迎えており、美登里と結婚、カフェーは「純喫茶西行」になっていた。昭和8年生まれの幾子はここで働いていた。5年前に兄が戦死。母は延々と嘆き続け泣いていた。アメ横で働いているセイが賑やかに現れ、お菓子をいっぱい持ってくる。幾子が持っていくアメリカ製のお菓子を母は受け付けない。息子の戦死から立ち直れない母・・・・・・。そこで父娘は・・・・・・。
100年前の日本、戦前、戦後の日常。言葉は少ないながら、より深く通い合う心・・・・・・。一人ひとりが抱える事情と生が交錯する。
