宮本輝・吉本ばななの対談。実にいい対談となっている。「ばななさんの小説には、下卑た人間、嫌なやつってあんまり出ていないんです」「文学というのは、自分の小さな庭で丹精して育てた花を、一輪、一輪、道行く人に差し上げる仕事なのではないか――。現実世界は、理不尽で大変なことばかりだからこそ、せめて小説の世界では、心根のきれいな人々を書きたいと。書き手の心構えとして、その点は、ばななさんとも通底するんじゃないですか」ということから対談が始まっている。
誰もが実は直面している日常の生老病死。生きて死んでいくことをどう捉えるか、そのなかでの幸福をどう捉えるか。有無の二の語も及ばず、断常の二見を越える世界を如実知見する生命力――そんな語らいが続く。宮本輝の最新作「田園発 港行き自転車」で私は、「縁の世界」と「肯定の世界」を感じたが、「小説の世界では、心根のきれいな人々を書きたい」(宮本輝)、「輝先生の小説を読むと、気持ちが大らかに、優しくなるのかもしれません。人生を肯定したくなるんですね」(吉本ばなな)という言葉で、対談は結ばれている。
毎日新聞紙上で、休刊日以外は休みなく掲載された「仲畑流万能川柳」のなかから選び抜いた秀作1365句。じつに4年半、248万句から厳選されたものだ。
「肉眼じゃわからないけど痩せました」「ぐれてやる即言いかえすぼけてやる」「お掃除の人が来るから片付けよ」「きれのあるビール飲んでもきれ悪し」「死んだ気でやれば死ぬかも知れぬ齢」「夫婦してのどまで出てる名を探し」「クラス会秀才こないなぜだろう」「酔うと出る昔の栄光いまの愚痴」「寝ちゃ駄目よ1泊5万なんだから」「ストレスをくれるストレスないお方」「『話せると面倒ですよ』獣医言う」「にこやかに別れたけれど誰だっけ」「神様が時々なさるえこひいき」「ヤなことば余生晩年未亡人」「あの世にはいったい何人いるんだろ」「弱いくせネット上では強くなる」「プチ整形したらというがしてるのよ」「内容は画一なのにバラエティー」「ゴーヤ植え窓が暗くて電気つけ」「1年の内閣が言う10年後」「株上げて税上げないで利子上げて」「出生欄ふり仮名なければ読めません」・・・・・・。
とにかく面白い。客観視できる時には乗り越えている。
21世紀は都市の時代と呼ばれ、2050年には世界の人口の3分の2にあたる60億人以上が都市に居住するといわれる。都市人口比率が10%程度であったものが、上昇傾向は加速し、アジアでは50%超になるのにわずか50~60年といわれる。
インフラ輸出に安倍内閣は力を入れ、私自身、アジア諸国に直接働きかけてきた。急速進展し、JOINもつくった。しかしいまや道路、鉄道、港湾、上下水道、電力等の個別ではなく、都市そのものをトータルで推進する、それが都市輸出だ。本書の副題は「都市ソリューションが拓く未来」だ。
しかも日本は、都市の課題を次々と解決してきた都市課題先進国であり、「都市課題解決策(都市ソリューション)の宝庫ニッポン」だという。日本の都市力はすぐれている。「都市開発――生活と文化の質を両立」「交通・TOD――鉄道・自動車・徒歩による通勤が都市の発展に貢献」「廃棄物――豊かな生活でも"ゴミ"を増やさない」「水処理――世界最低水準の無収水率(漏水・盗水が少ない)」「防災――災害リスクは高いが、備えは世界最高レベル」など、いずれも日本を取り巻く難しい環境のなかで築き上げてきたものだ。省エネやインフラの老朽化対策も急速度に進めてきている。
原田昇さん、野田由美子さん等による「都市ソリューション研究会」の第一弾が本書だが、更なる活躍を期待したい。
「いまこそ、自由主義、再興せよ」と副題にある。「信なき言論煙の如し」というが、激烈な時代のなかで信念を貫く。言論人の使命を貫く。屹立した人間のギリギリ、究極の姿がすっくと浮かぶ。
「石橋湛山全集」全16巻に収録されている膨大な論文のなかから70本を抜き出し、船橋さんがそれに加えて語る。湛山の思想と精神に迫る論文解題だが、「湛山を読む」であるとともに「湛山で時代を読む」ということだ。
論文は1914年の「断乎として自由主義の政策を執る可し」から、1947年の「私の公職追放に対する見解」に及ぶ。第一次世界大戦への日本の参戦、対華21か条要求、1920年代の世界の潮流と日本の民主主義の産みの苦しみの軌跡、金解禁論争、満州事変から日中戦争そして三国同盟、太平洋戦争へなだれ込む日本――そのなかで権力を監視し、ペンで信念を貫く石橋湛山の姿に、感ずること、考えることはあまりにも多い。
幕末の江戸。名所の歌川広重、武者の歌川国芳、似顔の歌川豊国(三代)の「歌川の三羽鳥」が相次いで死去した。三代豊国の娘婿である絵師・清太郎(二代国貞)は、四代豊国となることを期待されながらも、躊躇して踏み出せない。自らの画力が生真面目すぎて相応しくないこと、そして弟弟子の奔放なめくるめくような才気溢れる姿も認めざるを得ないこと。思いは複雑だ。歌川を誰が背負うのか。
そして時代は激変し、幕末から明治へ。幕末の江戸は大揺れに揺れる。江戸は、薩長からも、世界からも浸食される。人心も文化も。江戸が異質の東京へと飲み込まれていく。「江戸が、遠のいていく」「大衆が愛した浮世絵自体が錦絵自体がはじき飛ばされ廃れていく」「憂き世を浮き世として笑い飛ばす熱も、華も消し去られていく」「浮かれ暮らして、憂さ晴らし。――ははは、お江戸が飛んで行かぁ」・・・・・・。
清太郎は四代豊国として立つ。しかし、時を経ずして、卒中で倒れ、右手が使えない。「ヨイヨイ豊国、ヨイ豊」とカゲ口をたたかれる。「師匠。おれは――やっぱり画が描きてぇ」――衝動が、天にまで衝き上がる。感動作。
