鹿島謙吾は販売部数1000万部を誇る東西新聞社の社会部記者。途上国での臓器売買問題に狙いをつけ、西安に出張し、少数民族の死刑囚からの臓器摘出の実態を報道した。それは、臓器移植のための海外渡航を困難にし、一方では、12年ぶりに国会において臓器移植法改正議論が始まることとなった。そして取材を進めると、移植を生死をかけて待っている人とその家族、提供するドナーと家族の重い決断、生命倫理の深淵と、社会の公器としてのマスコミの影響の重大性。それに加えて臓器提供に関する情報隠蔽や政治献金の問題に突き当たる。謙吾の思考の堂々巡りは果てしなく続く。そして決断・・・・・・。その後もその影響と責任は重くのしかかる。政治と行政とマスコミを知る芦崎さんの心情と絶妙のバランスが、難題でありながらリズムを奏でる。
秀吉と利休――何が亀裂をもたらし、何が切腹という結末をもたらしたのか。興味の尽きないテーマで、多くの人が、分析し、論述している。
「信長の棺」の加藤廣さんは「出会い」「蜜月」「亀裂」「対立」「終幕」を本書で著わしている。ドラマティックとか、ミステリアスではなく、淡々と描いているがゆえに逆に、大変面白かった。私は利休という名自体に興味を持ち続けているが、宗易から「利休」への改名の理由、背景、タイミングが描かれ、黄金の茶室のもつ意味も、秀吉の単なる低俗な悪趣味でないことが、解き明かされる。当時の「茶」会、茶道がいかなる時代背景の中で生まれ、使われ、確立されてきたか――単なる伝統文化だけでないのは確かだ。
主税局長、国税庁長官を務められた大武健一郎さんが、ベトナム等の簿記普及活動のボランティアに携わっていることは有名だ。そのなかでこの4年、毎日新聞に「経済観測」を連載してきたものも含めて書き下ろしたのが本書だ。
これからの日本にとって、人口が増え、中所得者が増えるASEANとの連携が重要だが、そのなかで、日本に1番親近感を持つベトナムと連携することが大切だ。ベトナムの歴史はほとんど戦争に明け暮れた。中国との戦いは長いが、仏とも米とも戦った。苦難のなかで生き抜いた知恵が蓄積されている、と大武さんは考える。一方、他国との戦いがほとんどなかった日本には、比類なき文明・文化が蓄積されてきた。日本の近代化もこの蓄積された知恵があってのことであり、それは今後、さらに輝きを増すはずだ。だからこそ、両国は互いの知恵を前に向かって連携・協働化すべきだ。そう主張する。「ベトナムは日本のASEAN進出の窓口」であり、「日本とベトナムの未来」に向けて、その「魅力と課題」を知り、共に発展すべきだ――。現場を踏まえて鋭い感性で多くの提言をしている。
月村了衛さんの短篇集。火宅、焼相、輪廻、済度、雪娘、沙弥、勤行、化生が収録されている。警視庁に新設された特捜部SIPDは、「龍機兵」と呼ばれる最新鋭の装備を持つ突入要員の他に、刑事部、公安部などの既存の部署に属さない専従捜査員を擁している。トップダウンで創設されたがゆえに他からの反発もある。
「悪の顕われたる者は禍い浅くして、隠れたる者は禍い深し」(洪自誠「菜根譚」)、そして短篇の表題が仏教用語にあるように、対象とする犯罪は深山幽谷を思わす深い闇の中にある。
「よく聞き、よく見ろ。捜査はそれに尽きるんだ。どんなときでも耳と目をよく使え。頭は放っておいても耳と目についてくる」――由起谷志郎主任が元上司に教えられた捜査の基本。「機龍警察」の登場人物の過去や至る過程にもふれている。ハードボイルド警察小説。