40歳からの会社に頼らない働き方.jpg予測がつかないほどの大変化の時代。会社も安定して続くかどうかもわからない。「コンピュータの発達」と「新興国の能力の成長」は加速化する。直線型のレールに乗っていても安心ではない。だからこそ不安感に覆われる。しかし閉塞感や挫折感に打ちひしがれているのではなく、新しいチャンスが広がったとして、複線型の働き方を考えよ、準備を始めよ、という。

「コンティンジェンシープランを考えよ」「予測は決めつけず、目標は2つもて」「ライフプランは一直線ではない」「スキルを磨こう。ジェネラルスキルを身につけよう」「バーチャルカンパニーを作ろう」・・・・・・。

未来は明るい。人生、二度三度と様々なことができる時代になってきている。50年前の昭和39年、東京オリンピックの時の日本は、国家予算3兆円、経済成長率13.1%、男性の平均寿命は67歳。全ての世代に今、未来に向けて一歩踏み出そうと呼びかけている。


揺れる移民大国フランス.jpg「難民政策と欧州の未来」と副題にある。2015年11月13日夜(現地時間)、130人もの犠牲者を出したパリの同時多発テロ事件。翌週にはテロ首謀者が潜伏していたサンドニ地区で、フランス警官隊が銃撃して首謀者を含む2人を射殺、関与されたとされる7人の身柄拘束。「ドイツに到着した難民は年間100万人を突破する勢い」「非人道的だと非難されるハンガリーとその言い分」など、ヨーロッパは今、押し寄せる難民に揺れている。「フランス人、三代前はみな移民」「世界の隠れ家フランス」といわれる移民がいるのが当たり前で、手を差し伸べ続けるフランスの対応・・・・・・。

増田さんは自ら難民と会い、サンドニ地区へも入って直接話を聞き続けた。とくに、命からがら母国を捨てて、安住の地を求めてヨーロッパに逃げてくる子ども、親。そして陸路で、徒歩とバスで、そして海をボートで。移動中に、射殺されたり、空腹と過労で倒れたり、エーゲ海で沈没したりするなかでの命からがらの逃避行――それが今あふれる難民の実像だ。そしてその後も文化・宗教の違い、難民・移民排斥の動き、貧困のなかでの苦難。一方で、それを迎えようと動いているヨーロッパの国々や諸団体がいる。生々しいレポートだ。


つまをめとらば.jpgこのたびの第154回直木賞受賞作。一年前、青山文平さんの「鬼はもとより」が、直木賞をとると思っていた。今回の「つまをめとらば」が受章して本当によかった。絶妙の筆致、奥行きといい、人心の機微、日常における人生の信念と芯、そしてゆったり流れる時間とテンポの心地良さ・・・・・・。

「つまをめとらば」は、幼なじみの五十過ぎた爺二人が再会し、貞次郎が「この齢になってなんだがな、世帯を持とうと思っておるのだ」ということから話が始まる。互いの人生経験、男と女、他人がいっしょになる夫婦というもの、結婚と離縁・・・・・・。「貞次郎との二人暮らしの日が重なるにつれて、省吾も、自分がなにをいちばん欲していたかに気づいていった。それは、つまり、貞次郎が言った平穏だった。平らかであり、穏やかである、ということだった」「三人の妻といるときは平穏とは無縁だった。常に、彼女たちなりの正しさに、付き合わなければならなかった。・・・・・・なにしろ、彼女たちは、まちがっていないのである」「1人暮らしになったときは、・・・・・・諸々の煩わしさから解き放たれたことを喜んだが、これは束の間で、すぐに孤独が目の前に居座った。静謐ではあったが、平穏ではなかった」「貞次郎にとって最も大事なのは、素晴らしい算学の問題をつくって、空と己が一つになることなのだろう」――。男の強さと女の靭さ。男の煩悩と女の生死。男の野望と女の現実。その他人が結ばれる夫婦というもの。本書はこのほか「つゆかせぎ」「乳付」など五篇が加わっている。いずれもいい。


23区格差.jpg諸データで東京各区の違いを分析している。各区をランク付けするのは、いかがかと思うが、日本をけん引し、世界一の東京をめざしての役割分担として各区の特徴を考えてみるということだ。各区が独立してバラバラに競い合っている訳ではないからだ。

高齢化率、病院や大学の数、所得、子育てのための諸施策、防災・減災や犯罪抑止への努力、人口の増減や外国人の比率、1人暮らしの内容と現実・・・・・・。それぞれ提起される現実のデータはシビアだ。しかし、東京各区が懸命に努力しており、変化している。事実、そのデータも急速に変わってきている。「住」ということは、まさに○○区に住むことだが、「何かの縁」にふれることと、「住宅費」「交通の利便性」などがかなりの要素を占めると思う。私の住んだり、活動してきた北区、板橋区、足立区、文京区、台東区、中央区などは、個性も違うが、いずれもいい所だ。


「絶筆」で人間を読む.jpgゴヤの「我が子を喰らうサトゥルヌス」から最後の「俺はまだ学ぶぞ」、ミレーの絶筆「鳥の巣狩り」、ティツィアーノの絶筆「ピエタ」など、すさまじい気迫の絵画もあれば、色彩の艶は褪せ、無味乾燥の教科書のごときボッティチェリの「誹謗」、魂が抜け落ちたダヴィッドの「ヴィーナスに武器を解かれた軍神マルス」などの晩年の絵画もある。ボッティチェリ、ラファエロ、ブリューゲル、グレコ、ルーベンスからフェルメール、ゴッホに至るまでの15人の画家の「絶筆」に迫り、生きざまを剔り出す。「畢竟、芸術作品は、産み出した本人を語るものだから」と中野さんはいう。

「明治時代に西洋文化を積極的に学び始めた日本は、ちょうどそのころ大人気を博していた印象派作品を、絵画の手本と思ってしまった節がある。・・・・・・それは長い絵画史におけるほんの最近の潮流にすぎない。西欧絵画はまず神とともにあり、王侯の嗜好とともにあり、時代ごとの民衆の生活とともにあった」・・・・・・。中野京子さんの著作にはいつも引き込まれる。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

私の読書録アーカイブ

上へ