今年5月、全国の自治体で初めて、東京都に盲ろう者のための支援センターが発足した。都議会公明党が福島智さんと会って実現させたものだ。5月末、その支援センターを私は訪れ、福島さんにお会いした。
目が見えず、耳も聞こえない。その無音漆黒の世界にたった一人、地球からひきはがされ、果てしない真空の宇宙に放り出されたような、心の芯が凍りつくような魂の孤独と不安のなかで、福島さんは生き抜いている。「不便なことと不幸は違う。
障がいの有無と幸、不幸とは本来関係ない」「フランクルの愛、かけがえのない愛について」「能力は本質でなく属性だ。否定すべきは、能力の差とその人の存在の価値を連動させることだ」「私たち障がい者がなすべき"最も重要な仕事"は、生きることだ。そしてよりよく生きることだ。そして支え合うことだ」「セーフティ・ネットは安全網ではなく、落下しないようにネットを架け橋として張ることだ」「応益負担は益だから利用料を払えということだ。益を求めているのではない。
人間らしく生きる最低限の支援がほしいだけだ」
我が国の安全保障には日米安保があり、日米同盟は重要だ。しかし日本には戦略がない。米には戦略がある。そう指摘している。
1990年代から、米国の安全保障戦略は変化し、共和党か、民主党かを越えて一貫した流れにある。中東は重視され、イラン、イラク、北朝鮮は「悪の枢軸」であり、大きな戦略性のなかで、北朝鮮政策も動き、2005年10月29日の「日米同盟:未来のための変革と再編」は、従来の日米安保条約とは違う。
米国の新戦略と日米関係の変化を日本は冷静に見ているのか、戦略がないではないか、それでいいのか、と孫崎さんは問いかける。
オバマ政権のとる姿勢、イラク戦争とは何であったか、アフガニスタンをどうとらえるのか――。じつに丁寧に、じつに丹念に、文書をガッチリ読んで組み立てる力業は驚くほどだが、整理され、思考頭脳を生じさせてくれる。
いよいよ裁判員制度がスタートする。司法制度改革の大改革のなかで実現した裁判員制度は、「司法に国民的支持、国民的基盤の拡充を」「専門家である裁判官と素人である裁判員との協働によって刑事裁判を行うもの」「市民が法(正義)の担い手になる」「日本の民主主義の向上、成熟の試金石」である。
司法制度改革は、専門家に任せてきた裁判に国民が参加するものであり、官主導、「公」のことは国任せ、お上任せという風潮を変えることになる。
国民自らが司法にも、政治にも重い責任を負う、担うという思考への転換だ。あわせて、国民1人1人からみれば、この事件をどう見るか、を冷静に考えることになる。テレビでも「行列のできる法律相談所」をはじめ、そうした思考はかなり学んできているのではないか。