78年の初版だから30年もたつ。新装版が今年出たということでいただいて、本当に久し振りに伊藤肇さんの哲学に出会った。
「闘病と浪人と投獄の三つの段階を通って実業人として完成する」という松永安左エ門さんの名言を受け、苦難・風雪のなかで人間が鍛えられるという書だ。
「自分の生のみすぼらしさ、つたなさがあわれでならなかった」という川端康成の言。
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候」「縁ニ随ッテシバラク従容ス」という良寛の言。
「あがり(相場)さがりの十年間の辛抱のできる人が、すなわち大豪傑だ」「ヤセ我慢を張り通せ」という勝海舟や松永安左エ門の言。
「風車 風が吹くまで 昼寝かな」の広田弘毅。「今が最悪だといえるときはまだ最悪ではない」というシェークスピア。
この本の副題には「嵐の中でも時間はたつ」とある。私は、究極の人間哲学は師弟だと思う。
宮本常一(つねいち)氏は、1907年(明治40年)の生まれ。昭和14年以来、全国の離島や辺地をくまなく歩き、独自の民俗学を築いた。
文化を築き支えてきた伝承者・老人達自身が語ることを、丁寧に克明に描き、生き生きと蘇らせている。1960年の本で、宮本民俗学の結晶だ。
私の生まれたすぐ近くの北設楽郡旧名倉村が「名倉談義」として出てくるが、地名も土地柄もなるほどと思わせるもので、当時の田舎の生活そのものが描き出されている。民衆史、民俗学そのものだ。
「私の一ばん知りたいことは今日の文化をきずきあげて来た生産者のエネルギーというものが、どういう人間関係や環境の中から生まれ出て来たかということである」と宮本氏はいう。
「中央的・権威的な匂いのする既成の民俗学に抗して、泥にまみれた庶民の生活そのものの中に、人の生きる明るさ、たくましさをとらえようとする宮本氏の民俗学」(網野善彦氏)だ。
多くの人が圧倒的に基本にすえるすぐれた一書だ。
