里山資本主義.JPG「日本経済は"安心の原理"で動く」と副題にあるが、それが里山資本主義なるものだ。今、日本人と日本企業(特に大都市圏住民と大都市圏の企業)には、「マネー資本主義的な繁栄は続かないのではないか」「社会の近代化、高度化は、システム崩壊と国土の脆弱化を招いているのではないか」「人の存在までも金銭換算し、生きる価値すら奪う面があるのではないか」という根源的な不安・不信がある。「里山資本主義は、すべてが生活現場と離れた市場にゆだねられながら現在の社会、大都市住民が水と食料と燃料の確保に関して抱かざるを得ない原初的な不安を和らげる」という。"マネー資本主義"の対極を志すのが里山資本主義であり、それはすでに、日本の中国山地などの各地で、田舎とされた地域で始まっているというのだ。

江戸時代の自給自足の暮らしに現代人の生活を戻せ、というような主義主張ではない。里山資本主義は、お金の循環を前提とする"マネー資本主義"の経済システムの横に「こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築していこう。水と食料と燃料の安全安心のネットワークを予め用意しておこうという実践だ」というわけだ。"田舎"が変わり始めた。電気も木材も牛乳も野菜も、知恵が生き生きと発揮され始めた。

そして、「次世代産業の最先端と里山資本主義の志向は"驚くほど一致"している」「日本企業の強みはもともと"しなやかさ"と"きめ細かさ"をもっている。アメリカ型のマッチョな資本主義とは違う」「都会のスマートシティと地方の里山資本主義はこれからの日本の車の両輪になる」と、意欲的な提起をしてくれている。"大都市"と"田舎"、欲望と人間、モノと人の豊かさ――そうした根源的な問いかけである。


東京北区の志茂・岩淵地域とその避難場所となっている荒川河川敷(岩淵水門がある)を結ぶ志茂橋の改修がついに実現しました。

志茂橋は昭和54年に架けられたため、耐震性に問題があり、また大きな車両が入れないことで改修が求められていました。私はこの改修のために、これまでたびたび国土交通省に足を運び、要請をし、昨年春に耐震補強・改修が決定しました。

この度、改修工事が終了し、8月31日には命名式が行われ、新河岸川に架かる新耐震の新しい橋として、「新志茂橋」と命名されました。

式典では、志茂・岩淵地域が「これで荒川河川敷へ確実に避難できる」と喜びが広がりました。私は、地域の防災が前進するとともに、「首都直下地震が起きた時、その時期が荒川の増水と重なると複合災害がもっとも懸念される。隅田川と荒川の増水を制御する岩淵水門は、東京の下町にとって命綱ともいうべき重要性を持っている。この新志茂橋はそれを担っている」とあいさつしました。

新志茂橋の完成を大変うれしく思っています。
志茂橋.JPG





月下上海.JPG時は昭和17年から20年。財閥令嬢であり、人気女流画家となった八島多江子が、戦時下の上海で繰り広げる悲恋歌。謀略あり、サスペンスあり、成熟した恋あり。しかもあの壮絶・悲惨な戦争のなかでも、特殊な上海の雰囲気がよく出ている。山口恵以子さん自身が話題となったが、松本清張賞受賞作でとても面白い。


つれづれ 0915 ①.JPG
9月11日からタイ、ベトナム両国を訪問して関係大臣との会談、現地視察を行い、14日早朝に帰国しました。また、14日夕方には、訪日中のベトナムの文化スポーツ観光大臣と国交省で会談しました。

両国とも、鉄道、道路、港湾をはじめとしてインフラ整備が最も重要なだけに、今回の外国訪問も強行スケジュール。関係大臣との連続的会談も熱のこもったものとなりました。主要テーマは、防災に関する協力関係の構築、インフラ整備のトップセールス、観光交流の促進の3つ。以前日本で会談し、今回が二度目の会談となる大臣も3人、個人的な信頼関係をさらに深めることもできたと思います。外交も人、そして明確な主張、粘りです。

まず、防災に関する協力関係の構築について。

タイ、ベトナム両国は、雨期や台風による洪水が多発しています。両国の災害対応力の向上のためには、日本の氾濫予測技術やダムの効果的運用など優れた防災技術について、産官学一体で支援し協力していく関係を築くことが重要です。このため、タイではプロートプラソップ副首相との間で、ベトナムではファット農業農村開発大臣との間で、それぞれ「防災協働対話」実施の覚書を締結しました。

また、タイでは、2011年のチャオプラヤー川の洪水で浸水し、日本の国際緊急援助隊のポンプ車が排水支援を行ったバンカディ工業団地を視察。ベトナムでは、今年は日越友好40周年記念行事が行われており、その一つである防災セミナーで挨拶を行い、防災技術での協力をアピールしました。

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謙信の軍配者.JPG長尾景虎(上杉謙信)の軍配者・宇佐美冬之助、武田晴信(武田信玄)の軍配者・山本勘助、北条氏康の軍配者・風魔小太郎――。「早雲の軍配者」「信玄の軍配者」の両書とは違って、テーマは"霧の川中島"だ。永禄四年、1561年の川中島第4回目の戦いだ。謙信が信玄に襲いかかるあの戦さ。

軍配者を描くというより、長尾景虎の兵法の常識を覆す異能ぶり。景虎の眼は人ではなく神仏に注がれる。神出鬼没の行動の背景には、毘沙門天そのものしか心中になしとの非政治的世界の覚悟がある。

一方の武田晴信は全くこれと対極。常識的、人間的、政治的世界が描かれる。

さしもの勘助、冬之助の軍配者もこの強烈な二人の背景に遠去かる。足利学校で共に学んだ軍配者3人の戦いと友情も完結する。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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