吹けよ風 呼べよ嵐.jpg時代は1550年前後の戦国。北信濃の地は、南から甲斐の武田晴信(信玄)が野望をたぎらせ侵攻を重ねる。その脅威に加えて武田方につく真田幸綱の調略に翻弄される北信の盟主・村上義清は、北信濃有数の国人・須田氏の嫡男・満親(幼名弥一郎)を頼りとする。満親は後ろだてとして長尾景虎(上杉謙信)に支援を請う使者にもなるが、景虎からも大いなる信頼を得る。そして、五次にわたる川中島の合戦(信玄に三太刀斬りつけたあの合戦は第4次)・・・・・・。

義を貫く以外、寄る辺はない――「南から来た不義の男に、北信の調和が乱されておるというのか」「人とは悲しいものよ。何かが欲しくなれば、力ずくでもそれを奪おうとする。・・・・・・義を知る者はそうではない。義だけが欲に勝てるのだ」・・・・・・。

武門も仏門も、衆生を救うためにある――「武田晴信という野望に囚われた男が、この地に侵攻してこなければ、須田家とその領民たちは、貧しいながらも幸せな日々を過ごしていたはずである」「罪なき民を、欲深き者たちの魔手から守ることが、武門に生きる者の務め」「欲深き武門の者どもをお見捨てになるのは当然のことです。しかしながら、民をお見捨てになってもよろしいのか」「天が『衆生の生活を守れ』とご命じになったのです」・・・・・・。

東信、北信のめまぐるしい攻防。そのなかで、敵対関係となった二人の若者・須田満親と須田信正(幼名甚八郎)の心の葛藤と、各武将の運命・宿命を描く。信玄、謙信からではなく北信の武将からの川中島合戦!


2020年の首都環状道路の姿道路の渋滞解消は、車を運転する者にとっても、企業活動においても、ひいては経済成長にとってもきわめて重要です。日本全体の渋滞による損失は年間12兆円に上り、1人あたり年間30時間の時間損失との試算もあります。私は渋滞解消に力を注いできましたが、新たに道路をつくるだけでなく、「知恵を出す」「賢く道路を使う」ことが大切です。

昨年3月7日、首都高速の大橋JCTから大井JCTまでが開通し、新宿から羽田空港までの所要時間は、約40分から20分に一気に短縮されました。それと同時に注目されるべきことは、この開通により、都心の交通量が5%減り、なんと渋滞は50%減となりました。日々都心で車を走らせている人は、この効果を実感されていることだと思います。(実際、首都高速の3か月後の整備効果調査では76%のドライバーが所要時間の短縮を感じると答えている)

昨年の12月25日、慢性的に渋滞していた中央高速上り線の調布ICから三鷹バス停の区間。このうち約3キロ区間に付加車線を設けて(路肩を使用)、3車線化させました。私が国交大臣のときに、公明党からの要望を受けて進めたものです。道路を全面的に拡幅するのではなく、道路左側の路肩を活用、かつ非常駐車帯を設置するという現実的な方法で渋滞緩和に取り組んだものです。この3か月、渋滞の長さは短くなっています。更なる改善を今、工夫しています。

中央環状板橋JCT.jpgさらに今年の2月末、首都高速中央環状線内回りの板橋JCT合流部分の車線改良が実現しました。中央環状線の内回り滝野川入口から5号線上りへの合流部分は、合流部の300メートル前から2車線が1車線に狭められていたため、ここで常に渋滞が発生していました。そこでこのほど、1車線になった所の両側のゼブラゾーンを廃止し、5号線上りの合流部まで2車線で行けるようにしました。私が首都高と協議を重ねてきたものですが、その後1ヶ月、こうした知恵によって渋滞は見違えるように解消されました。

また昨年10月30日、海老名JCTでも東名高速から圏央道外回りへの連絡道路でひどい渋滞が発生していました。ここでは、区画線を1車線から2車線に変更することで合流部分の激しい渋滞が完全に解消され、大きな効果が得られています。運送業者からも「大変助かった」と喜びの声が寄せられました。

さらにこの3月末、首都高速5号線中台料金所の改良が行われました。この中台料金所は朝の時間帯は中台入口の下の一般道路まで渋滞が続いていましたが、この改良でかなり緩和され、利用者から、「ビックリするくらい渋滞が緩和されました」とうれしい声がありました。

渋滞解消はきわめて重要な問題。道路の拡幅や新設だけでなく、さまざま柔軟な工夫を促しています。


2020年世界経済の勝者と敗者.jpgポール・クルーグマンと浜田宏一さんが「アメリカの出口戦略」「日本のアベノミクス」「ヨーロッパの解体」「中国バブルの深度」の章を立て、それぞれが語っている。

世界経済は年頭から荒れた。原油安、中国経済の減速、ヨーロッパ経済は統一通貨ユーロの弱点の露呈のなかにあるが、それらを分析しつつ、再建途上にある「アメリカ経済と日本のアベノミクス」の役割りが大きいことを指摘する。

アベノミクスは「金融と財政の両面から経済を刺激しよう」というものだが、「日本は世界のロール・モデルに」「インフレ・ターゲットは4%で」「女性活用で伸びる潜在成長率」「消費税10%は絶対不可」「日本のバブル以上に大きい中国バブル」「日本国債を格付けするならAAA」などとクルーグマンは語る。内閣官房参与である浜田さんは、アベノミクスを解説し、補強する。


飛鳥山公園0402.jpg  VOICE ACTION 0402.jpg

桜花のもと諸行事、党青年委員会の「VOICE ACTION」も――。4月2、3の土日、桜が満開。桜の名所・飛鳥山公園(北区)や滝野川桜通り、石神井川の桜、滝野川さくらまつり、舎人公園の千本桜まつりに多くの人が集い、私も参加をしました。

日曜日には、「桜ウォーク2016」(桜を見ながら家族で楽しくウォーキング)に早朝から1000名を超える人が参加、多くの人と懇談しました。

スポーツ行事も活発に行われ、国立代々木競技場第二体育館で、GLOBAL POINT&K.O.第31回空手道選手権大会が行われ、北海道から九州までと、スペイン、ベルギー、モンゴルなどの諸外国から選手も参加、開会式では大会総裁として激励の挨拶をしました。足立区では西足立ソフトボール連盟リーグ戦開会式にも出席しました。その他、舞踊や建設関係の大会、町会会館の落成祝いの集いなど、多彩な行事が行われました。

また全国各地で公明党青年委員会が行っている政策アンケート 「VOICE ACTION」が足立区でも行われ、青年党員の熱意が街に広がりました。青年党員の活躍に感謝です。

POINT&K.O.大会.jpg  千本桜まつり.jpg

桜ウォーク②.jpg  桜ウォーク①.jpg

          滝野川さくらまつり0403.jpgのサムネイル画像


長篠の四人 信長の難題.jpg天正3年(1575年)4月、武田勝頼が長篠城を急襲する。勝頼の狙いの本丸は、三河・吉田城の奪取であり、野田城や牛久保が焼討ち等で脅かされる。たった500の軍勢で踏んばる奥平九八郎信昌。城を支配下におく家康は信長に援軍を頼み、勝頼を三河から蹴りだそうと織田・徳川連合軍が立ち上がる。そこに戦歴充分で鉄砲術の名手である明智光秀と、圧倒的な情報収集力と土木作事の名手・羽柴秀吉が信長の懐刀として派遣される。この時代を画した決戦は「鉄砲対騎馬武者の戦い」として知られるが、その真実は如何。

信長の無茶振りに、いつも翻弄される家康・秀吉・光秀の3人。今回は「織田軍の一兵も損せずに武田に勝て」「84日間で守り抜け」という難題だ。調子のいい秀吉、流浪が長かった還暦間際のちゃらんぽらんな老人・光秀、苦労と努力を重ね慎重な家康、それぞれが描かれ面白い。私の故郷の新城、野田城、牛久保、吉田(豊橋)、そして遠足で行った長篠城・・・・・・。なつかしい。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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