「デフレの謎、インフレの謎」が副題。30年続いたデフレの日本。コロナが終わり、米欧では急性インフレが始まったが、日本は外から来る急性インフレと長く続いたマイナス1%程度の緩やかなデフレのせめぎ合いの中にあった。米欧に遅れること1年、物価が上がり賃金が上がる日本へと動き始め、今年春はいよいよ「物価が上がるが、それ以上に賃金が上がる」日本になろうとしている。アベノミクスで挑んだデフレ完全脱却であり、人手不足時代もあって賃金上昇は持続することになる。私はデフレ脱却、ノーマルの経済への重要な年になると思う。
著書「物価とは何か」「世界インフレの謎」で経済の大転換を読み解いた渡辺努氏が、「なぜ日本だけデフレは慢性化したのか」を解読し、「米欧はインフレが終われば、今回のインフレが始まる前の2%程度に戻っていく」「日本も1年遅れで2%程度に落ち着くか、インフレ前のデフレに戻るかの2択」と言う。
「デフレとは何だったのか、異端の国・ニッポン」――。「日本は物価と賃金が毎年据え置き、金利はゼロ」という日常にすっかり慣れきってきた。「物価は上がらないもの、賃金は上がらないもの、金利は上がらないもの」という3つのノルム、「慢性デフレ」だ。そこには「価格支配力の弱い企業、値上げを嫌う消費者」の日本がある。世界の中で日本だけが物価は据え置かれるものだと信じてきた。この慢性デフレは「1995年の日経連報告書。低賃金の中国企業との競争に勝ち抜くには、賃金の据え置きが必須と主張。賃上げを控えようと労働組合も社会もなった」が慢性デフレの始まりだと指摘する。
「なぜ今デフレが終わり、インフレが始まったのか」――。人々が「先々、物価は上がるだろうと思い始めた」。「安いニッポン」の危機感や人口減少、労働供給の減少、海外のインフレの大波などが、インフレ予想をもたらした(日経CPINOWに明らか)。そして物価の正常化、賃金の正常化、金融の正常化が動き出す。
「政府・日銀の大きな方向転換は、総需要の管理から総供給の管理への移行。・・・・・・慢性デフレの原因は総需要の不足ではないし、総需要を刺激したとしても、慢性デフレは解消しない。原因は、商品の値段を決める。企業と労働サービスの値段である賃金を決める労働組合の予想が歪んでいることであり、企業と労働組合のプライシングに狂いが生じていること。有効な処方箋は、この狂いを修正すること」――これが正常化への道と強調。この正常化が続けば2027年の年末には政策金利が2%を超えるところまで到達すると言う。
「デフレはなぜ慢性化したか――デフレの原因は需要か供給か」――。需要が弱ければインフレ率が低下し、場合によってはデフレに至ると通常言われるが、その価格調整の期間はせいぜい3年から5年。30年も続くとは経済学者の誰も考えていない。「アベノミクスの結果を見ても、慢性デフレを需要不足だけで説明するのは難しい」「慢性デフレが賃金据え置きの原因から始まったという本書の立場に立てば、デフレ脱却の政策ポイントはいかにして、企業に賃上げをさせるかだ」と言う。
「総需要の喚起がインフレ率上昇につながらなかったのはなぜか」――。「異次元緩和のほころびは、①マネーの供給を増やせば、市場金利が下がるという部分で経路が遮断された②総需要が増えれば、物価が上がるという部分で経路が遮断されたーーの2つ」「異次元緩和の敗因は、総需要刺激の力不足ではなく、総需要の増加を価格上昇へとつなげる総供給サイドの機能不全であった。企業の価格支配力を高める政策や下請け企業の価格転嫁を促進する政策、最低賃金の引き上げなど、総供給サイドの政策が大事」と言う。「日本の賃金が中国と比べ高すぎるというのは、既に過去となっているのに、賃上げと値上げをダラダラと『自粛』してきた日本」が転換する時がやっときた。
物価と賃金と金利――実に丁寧に、悩み苦しんできた「慢性デフレ」を専門的研究の中で解読してくれている。