「同士少女よ、敵を撃て」「歌われなかった海賊へ」に続く長編小説だが、今回の舞台は日本が中心。瞬時に情報とモノが世界中を飛び交うSNS、ネット社会。情報に操作、翻弄され、特殊詐欺も頻繁に起きている不安定な危うい社会でもある。その中で「あなたの夢は何ですか」「あなたはどう生きるか」を問いかける現代社会の問題を多数取り込んだ意欲的な力作。
自動車期間工の本田昴は、同僚がSUV の「ブレイクショット」の車内にボルトを1つ落とすところを目撃する。日本の中古車を改造した軍用車両で暮らす中央アアフリカの武装勢力の兵士エルヴェは外国から来たゲストを護衛する。有名なファンドグループ「ラビリンス」の役員・霧山冬至は豪華なタワマンに住みSUV「ブレイクショット」を購入している。霧山は人生の座標を問われ、「勤勉、家族、平穏さ」と答えるが、社長の宮苑秀直は「マネー、ライフ、ゲーム」だと言う。好況は一転、宮苑はインサイダー取引で略式起訴され、社長を退く。社内の攻防は面白く、これだけでも一冊の小説になるほどだ。宮苑は言う。「今ならわかる。人生に十分な富を貯めたら、後は関係のない他のことを追求すべきなのだ・・・・・・もっと重要なものがある。人間関係、芸術、若い頃の夢」・・・・・・。霧山はタワーマンもブレイクショットも手放す。
板金工業に勤めるベテランの職人・後藤友彦は「そんな俺にもなくしようがない取り柄はある。それは善良さだと思っている」・・・・・・。しかし、突然の交通事故で前頭葉を損傷、高次脳機能障害になってしまう。その優秀な息子が後藤晴斗。晴斗は同じユースサッカークラブの後輩・霧山修悟(冬至の息子)に日本を代表するサッカー選手になると期待し、こよなく愛する。しかし、2人の親がそれぞれ大苦境に陥り、息子たちの夢は破綻寸前となる。そこで晴斗は自らの進学も諦め、修悟の資金援助までする。
「カズ塾長の一億経済塾! みんなで目指そう、経済的自由!」――後藤晴斗はその講師となる。投資マンション勧誘、悪徳商法、特殊詐欺、暴力団・・・・・・。晴斗は巻き込まれていく。晴斗と修悟の同性婚、父・友彦のリハビリ、アフリカでのジェイク・ウィルソンくん救出など、「ブレイクショットの関わる軌跡」の多方面的現代模様が描かれる。目がくらむような炸裂が次々と放たれる。
晴斗は追い込まれるが、毅然として腹を決める。「僕らは考えました。ルールに盲従するでもなく、ルールの裏を掻くでもない。真に偉大なプレイヤーは、ルールの中で正々堂々と戦いながら勝利を目指し、ルールを変えるために戦うものです。霧山修悟と僕は、そう納得しました。僕はあなたとは違います」「損と得で人間を測り、得をもたらすものを集めた。利用し、利用されることになれた自分にはそれ以外の人間関係が存在しなかった。だが、晴斗にとっての霧山修悟はなにか損得を超越した存在だった」「コーナー・ウィルソンは、新たな声明を発表した。・・・・・・『人は、必ずやり直せるのだということを、私自身がその行動によって示したい。ニ人の若者にも、自分自身にも』」・・・・・・。
現代社会の闇をダイナミックに描き上げ、希望の光を見出しで生きる人間の毅然たる姿勢が清々しい。