natumikanto.jpg数学者・新井紀子さんのはじめてのエッセイ集。いやあの名著「AI vs.教科書が読めない子供たち」で「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞したというから2冊目ということになるのだろうか。数学者のエッセイと聞いただけで、硬い論文のように思うが全く反対。面白すぎる。深いしとても刺激的。

ごく日常を率直に語っている。数学嫌いだった新井さんが今、AIデジタル社会の希望と危険性の最前線を牽引している。その波瀾万丈の人生折々のドラマにも驚くが、それを生み出し捉える生命力と感性に感心した。「面白い」とは「面の前がパッと開ける」、問題解決のあの瞬間を言うようだが、一つ一つ率直に語るエッセイはまさにその面白さの連続。ベルクソンは「問題は正しく提起されたときそれ自体が解決である」と言う。本書で「宇宙は数学の言葉で書かれている(ガリレイ)」「定義は何もないところから言葉、そして概念を生み出す行為」と数学を語っているように、常に本質に迫ろうとする姿勢が、日常を語る各エッセイにも奔り出て楽しくなる。文章はうまい。リズムがある。しかし文章がうまいとか、話が上手などと人はよく言うが、中身があるからこそ面白いのだ。とにかく数学だけでなく、料理といい、犬や猫といい、ボウリング、編み物、そして人との出会い・・・・・・。驚くことばかり。とても良いエッセイ集。

「話芸が好きだ(猫と金魚と喫茶店)」「そんなに楽をすると大切な何かを失うに違いない。学生の知性が低下したのは、生協にコピー機が導入された年からだ。・・・・・・『文字で残す』ことの利便性に興奮するプラトンをソクラテスは戒めた。得たなら必ず何かを失う(夏蜜柑とソクラテス)」「我が家の年末も忙しい。お節料理の準備を始める(昆布を炊く)」「物心ついたときには、私はすでに倹約家だった。・・・・・・私は編み物をよくする(筋金入り)」「1984年。22歳の冬休みを私はイリノイ州のシカゴで過ごした(マンザナールの子供たち)」「(イリノイ大学に留学して3)落ち込んだときほど、生きている人間の音楽を聴く。今は前が見えなくても(赤い雨)」「手作りの縫いぐるみの人形を娘に(うちのリカちゃん)・・・・・・

「書かれた通りにやってみれば、必ずや確かな数学とおいしい料理をテーブルに並べられること請け合い(これさえあれば、生きていける)」「私は定理を理解するより、定義が示す世界観を感じることに強く惹かれるようになった。・・・・・・わかったときにこそ、見える景色は広くなる(「解ける」より「わかる」が尊い)」「このような経験の蓄積による因果関係の把握のほかに、人類は未来予測のための別の手段を手に入れた。それが数学という言葉である(数学の言葉が果たす役割)」「もしAIが、eとπ以外の『本質的な超越数』を発見したなら、人間だけでは見られなかった光景だな、と思うかもしれません(博士に愛されない数)」「ホワイトカラーの仕事の5割をA Iが奪っても、介護や屋根の雪下ろし、公衆トイレの掃除などをAIやロボットが担える日が来る見通しは全く立たない(ロボットは東大に入れるか)」「GDPは富の指標にはなりますが、幸せを保証しない。過去に受賞された女性の書き手と同じように、私にとっても最大の関心事は身の回りの具体的な小さな幸せです(卵を料る:日本エッセイスト・クラブ賞受賞の言葉)・・・・・・

「結婚した相手が無類の蕎麦好き。・・・・・・政策決定を、AIという名の統計に任せてはだめ(雪降る里の蕎麦)」「あるお茶会の話」「怪しいメール(メインステージからの風景)」「フィールズ賞が3人も(ハーバードのお誕生日会)」「定理を釣る」「人間キャンセル界隈」「AI技術は『正しさとは何か』という哲学的な問いを捨て去ることによって発展した。ChatGPTという『パンドラの箱』を開けてしまった(哲学を捨てる)・・・・・・

「私は根っからの運動音痴だ。なのに、水泳とスキーとボウリングはそこそこできる。学校ではできなかった。プロのレッスンはボールの選び方のような基本中の基本から始まる。スキーも教える『型』がある(運動音痴と読解力)」――これがまさに「リーディングスキルテスト」「シン読解力」だ。最後の「魔法を学ぶ(令和5年度一橋大学入学式に寄せて)」は素晴らしい。師弟の重要さでもある。人生は、師弟の出会いで決まる。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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