史上最強の力士・ 雷電為右衛門。1800年前後、江戸時代の寛政から享和の時代。長野県の農家に生まれ、後の横綱谷風の内弟子として鍛えられ、向かうところ敵なし。江戸時代の相撲は、藩同士の代理の戦でもあり、松江藩に召抱えられ、雲州ゆかりの四股名「雷電」を名乗る。当時の江戸相撲は谷風、小野川、雷電の三強時代だったが、谷風が病死、小野川が衰えて雷電一強。しかも雷電は並外れた知性と教養の持ち主でもあった。しかし、「なぜ横綱になれなかったのか」――今に続くその謎に迫っていく。
松江藩の江戸留守居役・ 石積多平太は、相撲嫌いながら、藩主が力を入れる力士の育成に関わることになる。出雲の松江藩は「相撲藩」の異名を持つほど、強い抱え力士を持ち、当時、最高位の大関雷電はその筆頭だった。多平太は次第に雷電に魅入られていくが、土俵が各藩の対立や興行的思惑、拵え勝負や星の貸し借りに振り回されることに疑問を感じていく。
特に無敵の雷電が、格下の庄内酒井家抱えの花頂山に連敗。その後の取り組みに、藩の思惑がからむ。また、横綱は地位ではなく、免許であり、それは肥後細川家に仕える吉田司家という旧家だけが授与できるものだった。まさに雷電の横綱の行方は、雲州松平家と肥後細川家の対立が影響されることが浮き彫りにされる。
「まことに最強なら花頂山など恐るるに足らず。正々堂々花頂山と相撲を取らせるべきだったとは思いませぬか」「圧倒的な強さを誇る雷電は、常勝を求められる。厳しい稽古を重ねながら結局は大名家のくだらぬ意地の張り合いに巻き込まれる。どこかで、虚しさも感じているのではあるまいか」・・・・・・。一方、雷電は、「ですが、ご存知の通り、わしの得意技は突っ張りと張り手。・・・・・・相撲は勝たねばなりません。ですが、わしの相撲はつまらぬのです。そんな相撲など観客にとっては、面白くもなんともない」と言う。多平太は「つまらぬ、面白くない、勝手に言わせておけ。土俵の上では、完膚なきまでに叩きのめす、相手に容赦がない相撲でいいじゃないか。相撲は、最後に土俵に立っていたものが勝ちなんだ」「俺は、そんなお前の相撲に心を奪われた」と言う。
「なんとも、江戸相撲は窮屈でございます。しかしながら、わしは、相撲を取ることしか能がありませぬゆえ。はてさて、相撲は誰のものかと――」「雷電は一瞬立ち止まった。『神、のものではないですか。だからこそ悪戯も多い」・・・・・・。
全てを背負い真剣勝負の土俵に立つ雷電の「孤高」が心に迫る。
