「古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで」が副題。まさに今、アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃、ガザの戦闘の緊急事態のなかだが、昨年1月に刊行され話題をよんだ本書はまさに時宜を得たもの。ユダヤ教を信仰する民族・ユダヤ人。学問・芸術に長けた知力、富のネットワーク、ホロコーストに至る迫害、アラブ人への弾圧----。世界に影響を与え続けている「流転の集団」の3000年の歴史を雄大なスケールで描く大変な労作・力作だ。
人生そのものがそうだが、「主体と構造」の組み合わせから描く。「ユダヤ人は、歴史の大半の部分や大半の地域でマイノリティーであり、構造に規定される局面は非常に多い」。過酷な歴史だが、「ユダヤ人が構造と格闘したり、構造を前提にして、それを生かす道を考えたり、複数の構造を組み合わせて、第3のものを作り出したりするような『主体と構造』が織りなす局面」をひもとき抉り出している。
モーセの十戒(出エジプト記)。そのユダヤ教の「律法を守る」ユダヤ人。紀元前586年からの「バビロン捕囚」は、「いつかカナンの地に戻る時まで信仰を守り、実践するために、立法を整備していく」というユダヤ人としての意識を明確にしていく。ペルシャ帝国による支配、アレクサンドロス大王の制服によるヘレニズム(ギリシャ)文化。そしてローマの介入によるユダヤ教に対する冒涜的振る舞い。そこにユダヤ教指導層を批判し、貧者や女性などの社会的弱者を助けるイエスが登場する。律法中心、安息日、食物規定を重視、日常活動とするユダヤ教とは違う。ローマの支配の強化、ユダヤ王国の終焉、キリスト教の広がり、イスラム世界での繁栄(西アジアとイベリア半島)。そして十字軍----。異教国家の中の「法治民族」の古代末期・中世が解説される。「ユダヤ人を金づるとして利用する権力者と、それを腐敗と捉える庶民の間にユダヤ人が挟まれる。そこに庶民の反ユダヤ感情が蓄積していく」。十字軍とユダヤ人迫害の開始の構造が剔抉されている。
そして、「近世ーースファラディームとアシュケナジーム(ユダヤ人のニ大系統)(アシュケナジームが現在ユダヤ人口の8割)」――。スファラディームを歓迎したオスマン帝国のように、アシュケナジームを歓迎したのがポーランドだった。
「近代----改革・革命・暴力」――。この時代になると反ユダヤ主義が変質、ポグロム(反ユダヤ暴動・虐殺)、ホロコーストの悲劇が生まれる。なぜ「問題」とされるのか。「伝統的なキリスト教世界では、ユダヤ人を道徳的な問題児として蔑みつつ経済的な機能は利用するという扱い」で、日本の江戸時代の「えた・ひみん」、明治からの「部落民」差別。ユダヤ人同士の格差や分断(同化志向の西欧ユダヤ人、ロシアのユダヤ人の深刻な後進性、地位の低さ、貧困)」。1900年の時点で、世界のユダヤ人人口の約半数520万人がロシア帝国、オーストラリア・ハンガリー帝国207万人だった(アメリカ100万人)。第一次世界大戦、ロシア内戦とロシア革命は極度の混乱と貧困、民族対立を招き、ユダヤ人は格好の標的となった。
ナチ・ドイツの反ユダヤ主義は「ドイツ人の優越意識と、東方のものに対する侮蔑意識がセットになった人種主義を原動力として、『人種衛生学』の科学的装いを伴ったものだった」。ホロコーストで600万人のユダヤ人が殺害されたが、ドイツのユダヤ人は16万人、ポーランド300万人、ソ連100万人、チェコ21万人、ハンガリー20万人だった。「東欧に固有のホロコーストの促進条件は、ソ連の脅威を感ずる。国境をまたいだ疑心暗鬼だった」と言う。
「現代----新たな組み合わせを求めて」――。1939年、世界のユダヤ人口約1700万人のうち600万人がホロコーストで死に人口の中心は450万人いるアメリカに移った。ホロコーストで3分の1となったが、ソ連には200万人が残っていた----。そして、1948年イスラエル建国。本書は、アメリカ、イスラエル、ソ連の3つの中心から相互の関係に注目しながら論述する。
2024年現在、イスラエルのユダヤ人口700万人、アメリカにいるユダヤ人口600万人。イスラーム・テロリズムと戦う同盟相手となっているが、アメリカ・ユダヤ人とイスラエルの微妙な関係が述べられる。
まさに「主体と構造」で、ユダヤ人の歴史が立体的に立ち上がってくる。
