「三里塚闘争から『第2の開港』まで」が副題。成田空港は今、「第2の開港プロジェクト」の計画が進んでいる。2029年3月までの供用開始を目標に、3本目となるC滑走路(3500メートル)を新設、合わせて既存のB滑走路(2500メートル)を1000メートル延伸させて、年間発着能力を現在の34万回から50万回に引き上げる計画だ。これで年間4000万人の旅客数が7500万人に、貨物の取り扱い量は200万トンから300万トンに、空港従業員は4万人から7万人に増える。
しかし、火炎瓶が投下される激しい反対闘争、第二次代執行の空港反対派と警察官の衝突(71年9月の東峰十字路事件、警察官3人死亡)、機動隊との激しい衝突、管制塔占拠(1978年、排水溝から侵入)、そして1978年、滑走路1本だけで開港となった。
そして、B滑走路が2002年に供用となるが、これがいかに大変であったか。用地買収の苦労、「強制終了せず滑走路を建設せよ」の至上命令と厳しい現実や爆弾事件、新たなウルトラCの秘策(北側に800メートルずらし、2180メートルでスタート)----。関わった官僚、市町村首長、公団、賛成に回った反対派、地域住民など関係者の証言が描かれるが、いかに大変な合意形成の決断であったかが描かれる。元運輸事務次官・黒野匡彦、元衆院議員・林幹雄、現国土交通事務次官・水嶋智、元芝山町長・相川勝重、横芝光町長・佐藤晴彦----。本書に出てくる証言者の苦痛の決断の思いは、いかなる文字を持ってしても表し切れない、そんなもどかしさが紙面から溢れ出てくる。だが、推進する者、反対する者、反対から賛成へと、苦渋の決断をする者、そのいずれにも「成田」への自分を乗り越えた愛がにじみ出ている。
「成田」は、むき出しの人間の思いの上に作られ、そして今、「未来」に向けて飛翔しようとしている。
