1779839523590.jpg「菜乃子が死んだってよ」というたった一言のLINEのメッセージ。高校時代の同級生5人の仲間。40歳を目前に知らされた一人の自死をきっかけに、それぞれの人生を深く揺り動かしていく。5人それぞれの心の深層を描く連作短編小説。

沙耶、健太、倫子、達也とその中心にいた自死した菜乃子の5人の仲間。菜乃子の自死に衝撃を受け、それぞれの思いを章ごとに語っていくが、死後も常に「紙の裏から磁石で砂鉄を動かす」ように菜乃子の存在はそれぞれの人生に深い陰影を投げかけていく。悔恨、罪悪感、喪失感、そして溢れる愛・・・・・・。しかも生きていかねばならない現実は感傷を許さぬ厳しさだ。

それぞれは、仲間であっても、その関係は複雑に交差する。料理研究家のアシスタントの沙耶、土地・建物開発事業のディベロッパーに勤める健太は母がのめり込んだ宗教2世のトラウマを抱える。小説家の道を歩む倫子。アパレル会社に身を置き菜乃子と結婚、自死で激しい喪失感に浸かるなか本屋になる達也。仲間といっても、沙耶は健太と結婚したいと思い、健太は次々と女性と関係しているが、達也が好き。達也は菜乃子に恋い焦がれ、倫子は菜乃子が好き。「菜乃子が好き、という気持ちと同時に、小説をもう一度書いてみたい」と心の底で思っている。沙耶は健太と関係を持つが、あまりの喪失感の中にあった達也と一度だけ一線を超えてしまうこともある。

菜乃子の自死はこれら関係の伏流水を表層に躍り出させる。菜乃子の磁場が崩れることによって、それぞれが、「生きる」「何のために生きるのか」の実存的問いかけを噴出させるのだ。各章それぞれでの各人の独白は、実にきめ細かく、赤裸々で、深淵に引き込まれるような描写が続く。

「なんで、こんなに好きなんだろうな。菜乃子という人間に飽きない」と言う達也に、健太は「それは俺も同じなんだよ、お前に対して」とつぶやく。そして「菜乃子の中には、暗い深い穴がどこまでも続いている。その穴が、ある種の人間を惹きつけているのは明らかだった。・・・・・・沙耶は菜乃子ほど、誰かを惹きつける女でも暗闇を抱えてる女でもない。その健全さに、自分の心が慰撫されていることも事実なのだった」と健太は言うのだ。

「菜乃子の心は悲観的であらゆることに怯えていた。その怯えの源泉がどこにあるのかわからなかった」「『この世に生まれてきたとしても、苦しみしかない。そんな人生を負わせたくはない』    なぜ子供が欲しくないのか、理由を問えば、そんなことを菜乃子は繰り返し口にした」「そんな自分の一方的な『献身』が、菜乃子の心を重くしているのかもしれないとは考えなかった」と達也は思い、「いつの間にか、自分の内側に、ぬかるんだ憂鬱の沼ができていて、その沼に足を取られて動けなくなっていた」と涙する菜乃子を思い出し、また救い出そうとする自分の傲慢さにも気づくのだった。

最終章は死後の菜乃子が「菜乃子を思う人の側にいる」様子が描かれる。「誰もが私のことを思い出さなくなれば、私はこのように存在していられなくなる」という様子だ。菜乃子は「いつだって死にたがりだった自分」「自分の人生で何ができるかなんて、そんな気持ちに真正面から付き合ってしまった自分」「小説を書き認められたかった自分」・・・・・・。そして、「死んでみてわかった。人は生きて、何者かにならなくてもいい。自分を鋭くえぐるような承認欲求は、もうはるか遠くにあった。・・・・・・人間は、この老いた達也のように、そこにただいるだけで十分なのだとやっと気づいた」と言っている。

青春時代と、その後の人生、そして死後の生命を深々と捉えた厚みのある傑作。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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