皇居のお掘端に立つ帝国劇場。俳優ばかりではない。そこの裏方で舞台を支える多くの人々。控えめで丁寧で誠実、黙々と働く傍役たちをめぐる美しい短編連作集。人間っていいなと思う宝石箱のような感動の物語。
「ホタルさんへの手紙」――。ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の上演。新人の案内係は姿勢の良い白杖の男性を案内する。お礼の手紙のやりとりを結婚式を迎えた一人娘が読むことに・・・・・・。
「内緒の少年」――。日比谷通りに面したお濠が見える帝国劇場のステンドグラスの裏側の細長い空間に、母を探す迷い子の少年が住んでいた。演出助手さん、
楽屋食堂ナターシャさん、稽古ピアノさん、エレベーター係さん、詩集を読む役者さん、「風と共に去りぬ」に出演する馬のジュラク号・・・・・・。皆、少年を愛していた。
「一枚の未来を手にする」――。ミュージカル「モーツァルト!」。チケットなしに夜行バスで駆けつけた少女。プリンスの舞台を見続けてきた薬剤師の女。偶然、チケットを譲り受けた研究所の資料質の若者。衝撃の舞台を観た者、駆けつけられなかった者----。それぞれの衝撃的、感動のドラマ。どんどん引き込まれる。
「スプリングゲイト」――。何でもやる帝国劇場の幕内係の男性。入り口の名札、着到板を書くのも彼の役目。まさに幼児の泉門のようなスプリングゲイト。舞台の役者は、スプリングゲイトをくぐると一気に緊張の異界に入る。
「こちらへ、お座り下さい」――。帝劇には"幸運の椅子"と呼ばれる席が一脚ある。知っているのは売店で働く「担当さん」だけ。ある日、そこに座ったのは50代半ばの地味な女性。離婚して別れた子供が帝劇の照明助手になっていた。光と影----。「劇場は、祈りに包まれた場所。役と出会う時は神様からいただいたと思い・・・・・・」「誰もが極限まで努力した後、それぞれのやり方で、舞台の無事を願います」・・・・・・。
「サークルうてな」――。付き人のつき美さん、通訳のやっ子さん、楽屋係のガクさん。楽屋係の大事な仕事の一つは清掃。それは汚れを落とすだけでなく「前に使っていた人の気配を消す」こと。なるほど。陰の仕事だが、とてつもないプロの仕事。「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生にただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ」「不合理なことを試みようとする人間のみが不可能なことを成し遂げ得る」(ラ・マンチャの男)・・・・・・。
「長すぎた幕間」――。「僕は帝劇で生まれた」「臨月のお腹を抱えて、一人で劇場へ行った母、演目は『ローマの休日』」----。なんと、「劇場専門の背負い屋」がいると言う。
「劇場は待っている」――。「時に、劇場を箱に例える人がいる。・・・・・・箱は分け隔てなく、自在にどんな世界でも受け止める。その懐は果てしなく深い」・・・・・・。パラソル小母さん。その一番のお気に入りは「ミス・サイゴン」。劇場内に入れなくても、せめて近寄ろうとする人々がいる。帝国劇場での人間ドラマ、愛情、プロの創造ともてなしが溢れている。
