献灯使.jpg日本の近未来。大きな災厄に見舞われ、東京からほとんどの人が逃げ、しかも日本は極端な鎖国政策をとる。108歳の誕生日を迎えようとしている作家の義郎は、同世代の人と同様、肉体は十分元気、死を奪われた存在だ。しかし若い者ほど体力はなく、動きも遅く、猫背で髪も薄く、季節が変わるたびに身体は変調をきたすほど弱い。歯は退化してパンも噛むのが大変で、"健康"な子供はいない。野生動物もいなくなり、蜘蛛とか鴉、ミミズしかいない。東京には車も走っていない。

義郎と共に住んでいるのは曾孫の無名。現在の延長線の未来とはほど遠い、異次元の日常の世界・時空が開示される。男女の性の区別が曖昧となり、あらゆる風習がひっくり返り、何が正しいか判断がつかない。とても考えつかない想像を絶する日本の近未来だ。

義郎は「献灯使」という歴史小説を書いたが、埋めてしまっていた。そして、義郎は115歳、無名は15歳になった。もう無名は自分では歩けない。義郎は丈夫で、朝の犬との"駆落ち"から食事をつくり、働き続ける。そして無名は「献灯使」に選ばれ、インドのマドラスに密航することになるが・・・・・・。

2011年の福島原発事故を受けて書かれたと思われる「献灯使」「韋駄天どこまでも」「不死の鳥」などデストピアの5編。この11月、全米図書賞に選ばれた。


道具箱はささやく.jpg「教場」の長岡弘樹さんが、18の短編で紡ぐミステリー。人間の思い込み、視覚・聴覚をもってする限界と歪み、加えて自分自身の置かれている状況と境涯――それらが真実を覆い隠す。一寸した心遣いを嗅ぎ取るには、変化を覚知し、耐えるための心の準備がいかに大切か。そんな心の襞をきわめて精緻に鮮やかに描く。

18編それぞれが全く違った問題設定にも感心する。「声探偵」「苦い厨房」「風水の紅」「ヴィリプラカの微笑」「仮面の視線」「曇った観覧車」「不義の旋律」「意中の交差点」「色褪せたムンテラ」「遠くて近い森」「虚飾の闇」「レコーディング・ダイエット」「父の川」「嫉妬のストラテジー」「狩人の日曜日」・・・・・・。たしかに「驚きと余韻の残る結末」だ。


そろそろ左派は経済を語ろう.jpg副題は「レフト3・0の政治経済学」。「もう成長はいらない」「財政再建が最重要」という声が日本の左派には根強いが、欧州の左派では「デモクラティック・エコノミー」「反緊縮運動」が起きている。英国労働党のコービンなどが支持を集めている例も顕著だ。「日本のリベラル・左派の躓きの石は『経済』という下部構造の忘却にあった」と指摘する。「経済にデモクラシーを!(ブレイディみかこ)」「ソーシャル・リベラリズムの構築に向けて(北田暁大)」「日本に左派の反緊縮運動を!(松尾匡)」と、"左派"といわれた3氏が語る。刺激的だが、当然といえば当然だ。

「下部構造を忘れた左翼」「再分配と経済成長は対立しない」「短期の成長と天井の成長(長期成長)を混同するな」「経済成長を需要・供給のどちらの側から見るか」「文化的な移民反対よりも経済的な動機(生活への不安)が大きかった(コービンの労働党の躍進)」「右か左かの問題ではなく、上か下かの問題が出ている」「反緊縮運動は新自由主義と既存の中道左派を批判して"大きな政府"による手厚い社会政策を提唱」「緊縮こそ欧州の災いの種。いまこそニューディール政策を」「レフトは新しくバージョンアップせよ(来たるべき3・0に向けて)」「金融緩和と規制緩和は全く関係がない」「世界中で生じる左と右のねじれ」「真のポピュリズム(民衆主義)に向かって」「ケインズ経済学と新自由主義」・・・・・・。

アベノミクス、自公連立の公明党の役割等々、3氏の対談にふれつつ考えた。


大人は泣かないと思っていた.jpgぐるりと山に囲まれた九州にある耳中市肘差。かつて耳中郡肘差村といわれていた限界集落の人々の物語。「泣く」――突然、涙があふれてきたり、家族を思い出して泣いたり、別れで泣いたり、自分の孤独を感じて泣いたり――。日常は、そうした生老病死のなかにある。

農協に勤める時田翼32歳。ファミリーレストランで働く小柳レモン22歳。翼の親友・時田鉄也(鉄腕)やその恋人・玲子。農協の平野貴美恵や飯盛、離婚した翼の母・白山広海・・・・・・。大人は「泣けない」ものだが、日常の辛さや思いの変化を人知れず涙を流すなかで昇華させていく。側には自分の他に、寄り添ってくれる一人二人の友や家族がいるものだ。


維新と敗戦.jpg「日本の近代を問う」という膨大なテーマは「近代日本の病理を最深部から問う」ということだ。西洋文明への羨望と脅威から始まった明治は、昭和の敗戦に帰結し、平和と議会制民主主義の戦後は経済的豊かさの半面、軽薄な哲学不在の時代をももたらしている。明治が西洋文明を受容するなか、「日本とは、日本人とは何か」が間歇泉のように常に吹き上がる時代であったように、その後も「西洋対アジア」「豊かさと空虚」「ナショナリズムとパトリオティズム」「国家と個人」「権威・文化としての天皇と権力の天皇」「文明と文化」「思考と肉体」「議会制民主主義とファシズム」等、格闘が繰り返されてきた。現代はその格闘が減衰していることこそが問題だと私は思う。

「思想家とは、時代を『診る』医者である」と先崎さんはいう。時代の変化相のなかで、個人の孤立と不安を察知し、時代への違和感を持ち続けること。人間の複雑さ、不可解さを抱きしめ、思考停止の裁断を戒める骨太の誠実さを持つこと。本書では、福澤諭吉、中江兆民、高山樗牛、頭山満、保田與重郎、丸山眞男、江藤淳、竹内好、橋川文三、吉本隆明、三島由紀夫、網野善彦、高坂正堯ら錚々たる骨太の思想家23人を抽出して論じ、さらに自ら「明治と現代」を論述する。鮮やかな「近代日本の思想史」となっている。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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