「2025年に認知症700万人」「誰でも長生きすれば、認知症とつきあうことになる」「認知症というと医療やケアの問題だと思いがちだが、それは大事な要素ではあるが、もっと広いテーマ。法律や経済、情報化、コミュニケーション、家族など、社会全体の設計の問題。ATM、買い物、移動、交通、通信など全てにわたる」――。社会そのものを変える。認知症の人とそうでない人が別の世界に住んで暮らしている現状を変える。「まざっていく社会」になる。社会全体を認知症対応に"アップデート(更新)"する必要がでてきている。「認知症フレンドリー社会」は、漠然と"みんなにやさしい社会"というのではない。社会全体を認知症対応にアップデートするということだ、という。
「認知症フレンドリー社会」とは「認知症の人が高い意欲を持ち、自信を感じ、意味があると思える活動に貢献、参加できるとわかっている、そうした環境である(英国のアルツハイマー病協会の定義)」を示す。「認知症対処社会」ではなく、「認知症フレンドリー社会」だ。
最も進んでいる英国の認知症の課題に取り組む団体や企業を束ねるネットワーク「認知症アクション連盟(DAA)」が紹介される。プリマス市の活動、図書館やバス会社のヘルプカード。また空港やスーパーマーケットなどの工夫。日本の大牟田市(まちが変わると退院する人が増えた)、富士宮市(認知症の人の声からはじまるまちづくり)、町田市(アイ・ステートメント、Dカフェ、デイサービスの人が洗車など地域で仕事をする)などが紹介される。
認知症とそうでない人の間の目に見えない多くの壁を取り除く、互いが互いを支える。日本の最重要の課題だ。
首都直下地震でなくても、富士山大噴火でなくても、こうした大災害は起き、しかも人災が被害を莫大なものにする――政府・官邸はこの小説ほどひどいものではないが、こうした事態は現実になりうるものであり、更に備えを強固なものにすることの大切さを思い知る。
真夏の午前、荒川の上流で線状降水帯からもたらされた千ミリを超える豪雨が発生、同時に不安定な異常気象のなか千葉・埼玉に竜巻が発生し、変電所は直撃されて送電網がズタズタ、東京23区は停電となり、鉄道は止まる。やがて荒川が決壊して墨田区などが水没。大水害、停電、行き場を失った何百万人もの帰宅困難者は不安から怒り、怒りからパニックとなる。
対策に一挙に乗り出すべき官邸は緊迫感もなく、場当たり的で保身すらのぞく。加えて顧問団が空論と権威でのしかかり、方針は二転三転。「災害は現場で起きている」「まず人命尊重」「不安を除去する情報提供」等が踏みにじられたうえ、誰が指揮をとっているかが見えなくなる。幸い思い切ったダムの洪水調整で荒川の水位が下がり、電気も鉄道等から回復していくが、各駅とくに丸の内駅前広場に、軽はずみな行動をとった首相を乗せたヘリが墜落、暴徒と化す乗客等と一触即発の危機を迎える。内閣府の防災担当の政策統括官・広瀬伸太郎、その下にいる企画官・文月祐美、呼び寄せられた加藤孝三らが命をかけて踏んばる。
米・コロラド州出身、93年にハーバード大学比較宗教学部卒業し、同年来日、「日本が大好きで、四半世紀以上も日本に住み続け、日本で過ごした時間は僕の人生の半分以上になった」というパックンが、「『日本バイアス』を外せ! 世界一幸せな国になるための緊急提案15」を示す。
「第14の課題――日本の国力」。それは「国力というとすぐ、軍事力、経済力というがそろそろそれ以外の指標を考えてもいい時期ではないか。国民が満足する『幸福力』、日本の豊かな文化や歴史の文明度。犯罪率が低く、教育レベルが高く、格差が比較的少ない日本‥‥‥。日本に足りないのは『世界に見せるビジョンであり、世界に発信する力』だ」という。「第15の課題――世界に示す日本の役割」では、「日本は世界と戦う国ではなく、世界を助ける国になるというのが、僕の一番お勧めの提案。平和憲法を持っている大国として、有色人種の"希望の星"として、宗教的対立のない国として、世界で唯一と言っていいくらいこの役割に向いている条件が揃っている」「世界の弱者を救済する平和大国へ!」という。
「少子化対策は急務」「移民には犯罪者が多い、失業率が増える、日本の文化がなくなるなどは偏見。移民のパワーを受け入れるアメリカ人の多様性」「AI時代は人口減少・少子高齢化の日本に良いバランス」「日本の教育は基礎知識や倫理的レベルの高さを保ちつつ、コミュニケーション力や発想力をもつ人材を育て、世界一の人材輩出国に」「年金改革、高齢化先進国として世界の先駆けモデルを」「沖縄・基地問題、北方領土問題――もっと議論を」「消えない差別、性的マイノリティはまだ生きにくい――"理性の力"で自分の中の偏見に打ち勝つ」「『再生可能エネルギー大国・ニッポン』という新しい可能性」「テロリストを根絶する戦争で、むしろテロリストが増えた――日本は災害地の人々を救う国であり平和大国、人を助ける国に!」「"靖国"はどう見られているか」‥‥‥。
日本バイアスを外して、「新しい発想と視点で、世界に唯一無二の存在感を示す‥‥‥日本がそんな国になれたら最高ですよね」と、日本愛が伝わってくる。
江戸の後期。土地も金も水も米もない貧しい藤戸藩に生まれた道具役(藩お抱えの能役者)の長男・屋島剛は、継母に冷遇され、嫡子としての居場所も失う。剛の居場所は、母の死体を海に流した低地の野宮と呼ばれる野墓だったが、そこで同じ道具役の息子・岩船保の手を借りて能を覚える。石舞台の上での独修だ。しかし、文武に秀でた保は不可解な事件で切腹となり、さらに若き藩主が急死し、なんと剛が身代わりを命じられる。
保がめざしていたのは「ちゃんとした墓参りができる国」を創ること。そして保は剛に3つの言葉を遺す。それは「素晴らしい役者」「思いも寄らぬことをやる」「うらやましい」ということだ。どうすれば貧乏藩を救えるか。参勤交代と御手伝普請の免除を引き出せるか。将軍にそれをさせる方策はあるか。そこにたどりつく径路はあるのか。剛が辿り着いたのは、能という芸を極め、将軍が日々暮らす御座之間で催される「奥能」の世界だった。
研ぎ澄まされた筆致で能の世界の深さを描く。「離見の見」「能役者は冥界と現世を行き来する者である」「己れの躰の重さの向きを感じろ」「能は詰まるところ、美を見据える舞台である。成熟の行く手を美に置く。ただし、生強の美ではない。ありえぬはずの処にある美だ。能はそのありえぬはずの処を、老いに求めた。老いは酷い。その酷い老いを超えてなお残る美を、能は追う」「軸。軸がわかれば、おそらく能を能にしているものがわかる」「能は美を目指しているのではない。肯定を目指して美を研ぎ澄ましている。だから能は優しい。が、それだけに演ずる者には過酷だ」・・・・・・。
そして剛は「思いも寄らぬことをやる」と決断し、賭け、跳ぶ。深く、緊迫感のある凄まじい作品だ。
経済について、「世間で信じられている常識、政府の公式見解や経済学者の解説、あるいは新聞やテレビから流れてくる情報とは、文字通り180度違う内容が書かれている」がゆえに"奇跡"という。「デフレ時とインフレ時とは全く異なる政策をとるべきこと」「合成の誤謬を意識すること」「貨幣とは何かを掘り下げよ」「財政赤字とは何か」「税とは何かを明確にせよ」「グローバリゼーション、保護主義、TPP等をよく考えよ」など、根源的な問題から切り込む。
「平成時代、なぜ日本経済は成長しなくなったのか」が問題の柱だ。それは「デフレ時なのに、インフレ時の政策を行ったからだ。やってはならないことをやってきた。"デフレの中心で、インフレ対策を叫ぶ"という正反対の誤りをしたからだ」という。デフレを脱却させる。そのためには「大きな政府、財政支出の拡大、減税、金融緩和、規制の強化(産業保護・労働者保護)、重要産業の国有化、グローバル化の抑制」「平成日本で正しいとされてきた経済政策(金融緩和を除く)とは正反対のことをやれば、デフレからインフレとなり、日本経済は成長に向かう」とし、合わせて「財政再建、財政破綻」についても鋭角的に論述する。
