希望荘  宮部みゆき著  小学館.jpg「誰か」「名もなき毒」「ペテロの葬列」に続く、私立探偵・杉村三郎シリーズの第4弾。「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身」の四編が収められている。

「砂男」は、妻の不倫で離婚し、義父の今多コンツェルンの仕事を失って故郷に帰った杉村三郎がある事件に遭遇。これが探偵事務所(なんと私の住んでいる東京北区所在)を開設するキッカケとなる。仲むつまじい巻田夫妻の夫・広樹が姿を消す――不可思議な事件。「希望荘」は、温厚な父が「昔、人を殺した」と信じられない告白をして亡くなったが、その真偽を調査してほしいという息子の依頼から始まる。四編とも面白い。後半に入って緊迫の急展開だが、人の善意、優しさ、温かさが伝わってくる。

どこにでもある庶民生活の日常のなかにも、人の心には狂気、猛獣がいる。どうしようもない、逃れられない宿命を背負わされて生きる。人間の抱え込む業、そして突如として噴出する不可解な行動。庶民の心に寄り添いつつ、粘り強く理詰めで事件を心の闇をはらすという解決に導いていく。


神奈備.jpg神の山・御嶽山。二つ玉低気圧が近づき猛吹雪となる御嶽山に、冬装備もなく登る17歳の少年・芹沢潤。それを助けようと追う強力の松本孝。登場人物はこの二人だけ。しかもわずか1日の出来事を、すさまじい迫力で描く。

めざすは御獄の頂上。ただ神に会うため。「神様、どうしてぼくは生まれてきたんですか? だれにも、母にさえ愛されずに生きなければならないのはなぜですか?」と思いつめた絶望の青年・潤。意識が朦朧となるなか、煩悶、回想、夢想が続く。

ただ一つの楽しみである自転車を愛する潤は、トゥール・ド・フランスのジャジャの最後の花道、「勝とうとする意思」を思ったり、やさしい祖父母を思い出したり、鬼のような母の呪縛に身震いしたりする。

神を信ずる潤、信じない孝だが、ともに大自然の懐に抱かれ帰る。極限状態のなかで人間と自然、生とは、神とは、業とは、死から生への三変土田の瞬間は何によってもたらされるのか――。死と隣りあわせの緊迫のなかで問いかける小説だ。

「御嶽の噴火によるすべての犠牲者、被災者、ご遺族、ご家族、そして、御嶽に関わって暮らすすべての方々に本書を捧げる」と扉にある。ご冥福を心よりお祈りする。


18歳からの格差論  井手英策著  東洋経済新報社.jpg「日本に本当に必要なもの」「この生きづらい分断社会を終わらせる」「社会主義がきらわれ、資本主義もかなりくたびれている今、人間の顔をした社会をめざして智恵を出そう」――。図入りできわめてわかりやすく書かれているが、中身はきわめてしっかりしている。

「税への抵抗が強い社会は、誰かのための負担をきらう"つめたい社会"になっている」「貧困にあえぐ人びとを"見て見ぬふりする社会"を僕たちは生きている」「社会に数々の"分断線"が引かれ、人間を信頼しない社会になっている」という。そして「3つの分断の罠」を提示する。第1は「再分配の罠」(困っている人を助けようとすると中間層が反発する。格差是正の必要性を訴えるほど、負担者となる中間層の痛みが増し、貧しい人への非難が始まる)、第2は「自己責任の罠」(成長の行きづまりが、生活の行きづまりになる。国に借金が残り、社会保障の抑制や公共事業の削減が始まり、政府への怒りがわきあがる不幸の連鎖)、第3は「必要ギャップの罠」(お年寄りの利益が優先され、深刻な世代間対立が生まれている)だ。日本は「働くことが前提の自己責任社会、勤労国家」だったが、その前提の経済成長が崩れはじめ、社会経済の変動に対応できなくなった、という。

そして、「規制緩和、グローバル化、人件費削減が加速」「賃金が下がりつづけ、デフレ経済に突入、家計貯蓄率もほぼゼロ」になっている。

そこで、「更なる成長の道」か「成長には頼らない道か」の決断が迫られる。井手さんは、「発想を大転換し、思い切って中高所得層も受益者にする」「"必要の政治"によって格差是正を結果に変える。国と地方が、それぞれの役割を果たし、できるだけ多くの人に負担をしてもらい、可能な限り多くの人にサービスを提供する」「弱者を助けるのではなく、人間の必要を満たし、弱者を生まないようにする」「所得制限をふくめて、貧しい人たちにも、所得の多い人たちにも分け隔てなくサービスを提供する」という。さらに「分断線を消す、そして、自分の生き方を自分で決められる社会へ」という。巷間の格差是正論に「サービスを分厚くするために負担から逃げない」と、全く違う切り口で挑む。


新しい幸福論.jpg経済成長率を上げるより、国民が心豊かな、幸せを感じられる政策を考えることが重要ではないか。現実に格差は拡大し、人々の生活の満足度(幸福度)は低下してきている。これを「経済的豊かさと人々の幸福度との関係」を柱に分析している。

「日本はアメリカほどではないが、格差拡大中の国である」「高くなるお金持ちの所得額と資産額」「ここ30年弱の間に貧困率が12.0%から16.1%に増加している(貧困者の定義は相対的貧困者で、国民の何%の人が貧困かの比率)(とくに高齢者と単身者と女性、母子世帯)」「弱い再分配(税と社会保障)政策」「脱成長路線への政策」などに論及。そして「脱成長路線を支持する私であっても経済成長率をマイナスにせよ、とまでは主張しない。日本は少子高齢化のなかにいるので、労働力不足と家計消費の低下は避けられない。生活水準の低下を招く負の成長率は避け、せめてゼロ成長率(定常状態)にすべき」「成長論者は格差問題を無視する傾向が強いが、格差是正は大切。格差拡大を放置すると、経済成長にマイナス効果が発生する」「格差社会である限り、家計所得の増大は富裕層に向かう。分厚い中間層が減少する。それは経済活動に最も貢献する有能な労働者の減少でもある」「日本の成長戦略は、格差社会を是正する手段を同時に講じないと成功しない」「格差(ジニ係数と貧困率)と経済成長の国際比較を見ると、格差の存在が経済成長率を下げた、といえる」・・・・・・。

こうした分析をしつつ、「心豊かで幸せな生活とは」と哲学も含めて分析。「いま、何をすべきか」を、若い世代、高齢者、女性について提案している。


戦争が大嫌いな人のための正しく学ぶ安保法制.jpg国家国民の安全をどう守るか。北朝鮮の昨今をはじめとして日本周辺の安全保障環境の変化にどう対処するか。国際社会の平和と安全にPKOをはじめとして、日本はどう関わるか。この2年余、国会で議論し、成立した平和安全法制。

政治は、国際情勢にしても経済においても、どこまでもリアリズムが貫かれなければならないと思う。煽情的な政治、ポピュリズムの政治に陥ることを戒めなくてはならない。

小川さんは「集団的自衛権とはそもそも何か」「平和安全法制はどんな法律が含まれているか」「集団的自衛権と集団安全保障はどう違うか」「自衛隊の国連平和維持活動(PKO)参加の実情」「ROEとは何か」「自衛官が"戦死する"というデマ」「若者は徴兵されるのか」「平和安全法制と憲法9条」などを、軍事アナリストとして国際社会のリアリズムのなかで丁寧に整理して解説している。そして「安保法制で日本の平和と安全は高まる。"戦争法""戦争ができる国になる""自衛官が戦死する""アメリカの戦争に引きずり込まれる"などは誤りであり、デマである」と、安全保障の根幹と実態から指摘する。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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