リスクに直面しても恐怖や不安を感じない人間、共感性が低い人間、平気でウソがつける人間、他人を傷つけても後悔も反省もないし、過去の経験から他人の気持ちを学ぶこともできない人間。表面的な魅力、不安の欠如、罪悪感の欠如、不誠実・自己中心的・親しい関係を継続して作れない、情動の乏しさ、プレゼン能力だけ異常に高い・・・・・・。そうしたサイコパスが1%、つまり100人に約1人いるという。
「精神分析の失墜と脳外科の台頭」のなか、「脳科学」がサイコパスの脳の謎を徐々に明らかにしつつある。カギは「扁桃体と眼窩前頭皮質および内側前頭前皮質とのコネクティビティ」。それらの活動が低く、「良心というブレーキがない脳」「倫理・道徳というルールを学習できない脳」だ。
歴史上の人物として排除されずにのし上がった「勝ち組サイコパス」と思われる人物として、織田信長、毛沢東、ピョートル大帝、マザー・テレサなどが上げられ、分析されているという。
世界の大激震のなか、日本の安定性は"特異"だが、妙な一服感に浸ってはならない。2020年、東京五輪は復活に大きな力となる。「竹中教授の2020年・日本大転換プラン」が副題だ。
成長戦略として「特区とコンセッションを大胆活用する(規制に埋めつくされている日本)」「東大民営化は教育改革の目玉となる(教育は経済の基盤)(英語力で日本の趨勢は決まる)」「ゲストワーカーで労働人口減に対処する(働く人のパワーをもっと生かす)(同一労働同一賃金で格差解消)(男女雇用格差をなくす)」「負の所得税は画期的なセーフティネット(インクルーシブ・グロース)(中間所得者の税率引き上げを)」などを具体的に提示している。
イノベーション、生産性革命、働き方改革にアグレッシブに挑まないと、日本の未来は縮む。
副題は「全国『官能都市』ランキング」だ。「住みたい街」とか「住みやすい街」というランキングはあるが、本当に豊かに楽しく生きられる魅力的な街というのには新しい物差しがいるのではないか。それは「感覚を楽しませる」「五感に訴えかける」という官能都市(センシュアス・シティ)だという。
広い真っすぐな道路に沿って公園や超高層ビルを建てる「輝く未来都市」は、ル・コルビュジエの発想だが、アメリカの女性ノンフィクション作家、ジェイン・ジェイコブスは「アメリカ大都市の死と生」(1961)で、コルビュジエにルーツをもつ自動車中心の近代都市計画を痛烈に批判した。センシュアス・シティは「ジェイコブスの4原則」と共通項をもつ。即ち「住宅、オフィス、商店、飲食店が狭いエリアに混在している」「入り組んだ小さな路地が多い」「古い建物と新しい建物が混在している」「いつも人通りが絶えることがない」の4原則だ。そして、「共同体がありつつ、匿名性もあり、ロマンチックで、刺激的な出来事に出会うチャンスもある。食文化が豊かで、歩いて楽しくまちも自然も身近に感じられる。その都市に住めばなんだか毎日が楽しそうだ。私たちは、そんな人間らしい動機をまず構想すべきではないでしょうか」といい、日本の各都市・区のセンシュアス・シティ・レーダーチャートを示す。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」――。歴史上、何度も国を奪われ、そのつどさらに深い絶望に叩き落されてきたポーランド。1939年秋以来、激しい爆撃に見舞われ、ワルシャワはナチス・ドイツに蹂躙され、悲惨と残酷と悲劇の都市となった。そして43年のスターリングラードのドイツの大敗、猛反撃するソ連軍、敗走するドイツ軍。徹底したワルシャワの破壊、ユダヤ人の収容所送り、死の街と化していたワルシャワを自らの手で取り戻そうとした44年8月のワルシャワ蜂起。絶望のなか死によっても最後の誇りをかけた戦いに、命をかけて行動を共にした一人の日本人外交官・棚倉慎がいた。慎、レイ、ヤンの三人は最後の最後、「いつか必ず、三人で日本の桜を見よう」と約束する。
ショパンの叩きつけるような激しい旋律「革命のエチュード」が心に響く。戦争の悲惨、残酷さに言葉を失う。周囲の強国に食い荒らされ、地図から何度も消えた国の悲劇とは。祖国を失う、自分の居場所を失うとは。「死」しか選択のないなかで人間は何をもって戦おうとするのか。他国や他の民族への憎悪からではなく立ち上がる愛国心とは。戦争の狂気、この世の地獄の惨状とは。ゲットー、トレブリンカ、アウシュヴィッツとは。陸続きの国の戦争実態とは・・・・・・。
よくぞ書き上げたすさまじい力作。
