「眠りの人類進化論」と副題にある。座馬さんは野生チンパンジーの睡眠を調査している研究者。人間の眠りを明らかにする。そのためには霊長類の睡眠にまで広げて研究し、人類の睡眠の普遍性を考えるということだ。
チンパンジーは毎日、木の上にベッドをつくって眠る。そして次の日には移動してまたベッドをつくって眠る。ベッドは、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、ヒトの「共通祖先」が作り出したようだが、進化の過程で、オランウータンはベッドの上に屋根を作り、ゴリラは地上にベッドを作る。チンパンジーの作った木の上のベッドが「寝てみたら快適だった!」ということから、作る場所、構造、寝姿、群れとの関係、外敵との戦い、睡眠の深さと長さ、産業革命前は1晩で2回眠っていた人間(夜に排泄で起きるのはチンパンジーも同じ)、枕や畳の意味など研究が続けられる。
チンパンジーに「何故」と聞いてみたくなる。
「劉邦には超人的な武威も徳もなかったにもかかわらず、項羽を倒して、天下を取った。このふしぎさを合理のなかにすえなおせば、個の人ではなく、集団の力がそうさせたというしかない。あるいは主と従がたがいに成長する相乗効果があったかもしれない」と、宮城谷さんは"あとがき"に書いている。
私が心している言葉に「民之所欲 天必従之」がある。本書には天命は民の心の中にあり、その民にもっとも近いところにいるのが沛公であると思い、従属を願い出た、というくだりがある。天命と人心、天下人の器、戦う人か治める人か、想念のなかに民は存在するか否か、人を得るか否か、表層を知る人か深層を知る人か・・・・・・。
蕭何、張良、陳平、夏侯嬰、曹参、灌嬰、周勃、盧綰、樊噲、周苛、周緤、尹恢、任敖、王吸・・・・・・。劉邦の回りの人の豊かさと志には目を瞠る。天下をめぐる項羽と劉邦の決戦、楚漢戦争は、鴻門の会、垓下の戦いで終結する。
スティグリッツ教授の主張はきわめて明確だ。いま、世界経済は混乱と衰退へと向かいつつある。世界をリードしてきたアメリカは、1パーセントの裕福な人々と99パーセントの残りの人々の格差が広がっている。最上層の人々は、株価が上昇したおかけで、金融危機で失ったものをすっかり取り戻したが、なけなしの財産をすべて失ってしまった残りの人々はそうはいかなかった。中流層の生活を送ること、あるいは維持することが徐々に手に届かなくなっている。アメリカンドリーム――それは全ての者が最上層になりうる社会であったはずだが、いまや貧富の差は固定化してしまっている。それは、政府が選んだ政策の結果であり、経済ルールを書き換えることが解決策だ――。スティグリッツ教授は、その新しい道筋を示す。
「不平等な経済システムをくつがえす」「市場支配力のゆがんだ影響」「金融セクターの拡大」「最富裕層にのみ奉仕する経済」「なぜ賃金は低いままなのか」「最上層をいかに制御するか」「税制を改革する」「短期主義を打ち破る」「中間層を成長させる」「完全雇用を目標にする」「大規模なインフラ再構築を」「最低賃金を引き上げる」「保育対策の経済効果」「幼児期教育に投資する」・・・・・・。指摘する項目は社会全般にわたる。そして平等と繁栄が両立する経済を提案している。
鳩の能力は凄いものがあり、その驚くべき帰巣本能を人間は利用して「軍用鳩」「伝書鳩」として使ってきた。鳩は留鳥であって、渡り鳥ではない。「視覚」「太陽」「磁気」「臭覚」などを手がかりにして帰巣する。今は「レース鳩」の時代。それどころか、ドバトが"鳩フン公害"として都市の嫌われ者になっている。
丹念な取材にも頭が下がるが、「書き終えてみると、これは『切ない物語』だという気がした。・・・・・・鳩は飼い主に対する忠誠心や、与えられた任務への義務感からではなく、引き離された家族に会いたい、巣に帰りたいという一心で、命がけで数百キロ離れた場所からでも戻ってくる。人間はその鳩を戦争の英雄に祭り上げたり、人命救助に貢献したと称して表彰したのである」と黒岩さんは語っている。愛鳩家の心にも迫っている16年前に発刊された著書。
「我々3人は、バブル経済時にも、その後の不況期にも、金融危機時にも、円高で日本産業空洞化が叫ばれた時期にも、リーマンショック時も大震災の時も、良い現場を作り、(良い現場を)日本に残せと一貫して言い続けた。しかし今、ポスト冷戦期の低賃金国優位の局面が一段落し、グローバル能力構築競争の時代が来つつある中で我々は、日本を起点として"世界中に良い職場を残せ"と呼びかける時代になってきたと感じる」という。冷戦終結後のグローバル競争のなかで、最も激戦地であった貿易財の領域で、賃金20分の1の中国の登場をはじめ、数々のハンディを背負いながら、逆境に耐え、鍛え、強くなり、持続してきたのが、今の日本の貿易財現場だ。産業空洞化論を言っていた論者が、今度は国内回帰論を言ったりしているが、どちらも本質論から外れ、右往左往しているだけだ。国内には鍛え上げられた「良い現場」がある。国内と海外の同時強化が大きな流れだ。ずっと中小企業の現場を見続けてきた人の指摘であり、説得力がある。
アメリカ型の「IoT」のイノベーションは、上空のICTの世界から降ってくるタイプだが、それに対して製造業の現場という下界から反攻するというのがドイツの「インダストリー4.0」の言い分だろうが、それは中間あたりというべきもので、結局、地上の現場でのFAの改善を一番やっているのは日本だ、という。
「オタオタして自己否定するな」――苦境の25年を生き延びた日本の優良現場の粘りは大したものだ。それを直視して日本は戦略的に取り組むことが大事だという。きわめて論理的、かつ感動的でさえある。