外国人観光客が急増している。うれしいことだ。「2000万人になったら日本の景色が変わる」と私は言ってきたが、それはもう目前だ。一昨年、前年の837万人からついに1000万人を突破。さらに昨年は1341万人と飛躍した。そして今年は、1900万人を超える勢いとなっている。観光庁を管轄した私としては在任中に、じつに1000万人増ということになる。
2020年に2000万人達成を目標にしてきたが、今やるべきは「3000万人時代に備える」ことだ。本書では、その動向を把握し、ホテル不足、CIQや多言語対応、無線LANの整備、ムスリム対応、MICEやIRなどにもふれている。急速に動いている時の出版だけに、どの時点のデータかは苦労された点だと思う。観光は日本経済にも、地方創生にも劇的な好影響を与える。影響は多方面にわたる。本書に示された課題と展望をしっかり踏まえて進みたい。
「下町ロケット」の続編。佃製作所が、心臓弁膜症などで苦しむ多くの患者たちの命を救う人工弁開発、「ガウディ計画」に挑戦する。立ちはだかる欲と野心にとりつかれた傲慢な男たち。小さき者を踏みつぶそうとする正気を失った者たち。
開発をめざすのは、人工心臓と人工弁の2つ。焦点は人工弁となるが、血栓を取り除く難題に、佃製作所のロケットエンジン内の異物を粉砕するシュレッダー技術の応用に気付く。佃航平の「スマートにやろうと思うなよ。泥臭くやれ。頭のいい奴ってのは、手を汚さず、綺麗にやろうとしすぎるキライがあるが、それじゃ、ダメだ」という声が響く。帝国重工の石坂一派、サヤマ製作所の椎名社長ら、日本クラインの久坂製造部長ら、アジア医科大の貴船外科部長らの邪智・策謀に、佃製作所、北陸医科大学の一村教授、福井市の零細企業サクラダ等が挑む。
「これが日本の生きる道」「技術では負けていない!という思い込みを捨てよ」「自信が脳天気さにつながる」「品質幻想が日本をダメにする」・・・・・・。
品質幻想とは、「日本人がつくるものが優れているという幻想」「職人の技幻想」「品質とは、あくまで消費者の要求に応えているかで決まってくるものであり、品質の良いものをつくれば売れるという幻想」だ。世界は大きく変化している。世界各国の消費者が何を求めているか、現場を歩き、危機感をもって技術を磨きあげよ。「人々の欲しがる"価値"を突き詰めよ」、そこに競争力が生まれる、という。「価値を新しく産み出す」「価値について考えよ」ということだ。
そのうえで日本は「思考停止、考えの硬直化を排して、"考え方を変えること"」「人口減少、高齢化、少子化等の変化のなか、"社会のからくりを変えること"」「状況を把握し、自分で考え、自分で行動する人を育成するため"教育を変えること"」が大事であることを指摘している。
「参加保障型の福祉社会をつくる」と副題にあるが、提起しているものは、もっと広く、より本質的だ。「人間の尊厳と魂の自立を可能にする政治・社会・経済体制はどう構築されうるか」を、根源から説き起こし、提起する。各項目に自分の考えを付加して読んだ。思考が刺激された。
原点にあるのは師・宇沢弘文氏の「資本主義と社会主義という二つの経済体制を越えて人間の尊厳と魂の自立を可能にする経済体制」すなわち「人間国家」である。しかし、現実には「脱工業化へ舵を切れなかった日本」であり、「大きな市場・小さな社会・大きな政府の福祉国家を、大きな市場・大きな社会・大きな政府の人間国家に鋳直すこと」が大切だという。
「新自由主義の経済政策は、所有欲求が存在しなければ機能しない。"市場拡大・政府縮小"戦略では、富を"飴"に、貧困を"鞭"にし、競争へと駆り立てなければ労働を強制させられないからだ」「大量生産・大量消費の工業社会に代わる知識社会という産業構造のもとでは・・・・・・知識集約産業が求められる。・・・・・・人間が機械に働きかける工業よりも、サービス産業という人間が人間に働きかける産業が主軸を占める」「社会的インフラストラクチュアを張り替える。あわせて社会的セーフティネットの張り替え、生活保障から参加保障へ。現金給付から現物給付へ」という。
また「財政を有効に機能させる増税が大切で、教育を充実させていくためであれば、国民は租税負担の上昇を受け入れる」「医療・福祉・教育などの対人社会サービスは、"人間国家"の参加保障を実現する重要な現物給付。"人間国家"の政治システムを活性化する"参加型"民主主義とは、その現物給付の供給に直接参加することを意味する」「人間の共同体では、人間と人間とが"生"を"共"にし、人間と自然とが"生"を"共"にする共生意識が機能している。・・・・・・"人間国家"はすべての社会の構成員の共同意思決定への参加を取り戻そうとする」などを示す。提示しているものは、きわめて根源的であるとともに未来を「人間国家が導く、懐かしい未来」としている。対話しながら読んだ。
「対立の構図を超えて」と副題にあるが、被害者と加害者、自虐と独善の対立を超えて、過去をめぐる歴史認識をどうもつか。
人によって、国によって違う歴史認識を一致させることは難しい。しかし、背景を探り、事実を積み上げ、考え方を丁寧に示すことはきわめて重要だ。時代の背景、実証作業も重要だし、勇気もいる。きわめて率直に聞く江川さん、それに答える大沼先生は、より率直だ。その裏には実証研究の深さに加えて、慰安婦問題をはじめとして実際に解決に向けて働き続けてきた実践行動がある。その絶妙のバランスと強き芯が、心に響いた。
「東京裁判――国際社会の『裁き』と日本の受け止め方」「サンフランシスコ平和条約と日韓・日中の『正常化』――戦争と植民地支配の『後始末』」「戦争責任と戦後責任」「慰安婦問題と新たな状況――1990年代から21世紀」「21世紀世界と『歴史認識』」の5章より成る。難問を偏りなく如実知見する力、そして粘り強く一歩を踏み出していく努力が必要だと思った。