人間教育のために.jpg教育基本法の第1条には、「教育は、人格の完成を目指し・・・」とある。「人間教育」に全てを注いできた梶田先生の教育哲学と実践が集約された書だ。副題には「人間としての成長・成熟を目指して」とある。「教育の深さが日本の未来を決定する」と、教育基本法改正案の衆院本会議に立った私は発言したが、その中核が本書で述べられている。感銘する。

「『人間としての尊厳』を具体化していく教育を――『我の世界』を生きる力を育てる」というプロローグから始まる。生きる力には「我々の世界」を生きる力と「我の世界」を生きる力の2つの面があると、梶田先生の世界が開示される。そして「有能な『駒』でなく賢明な『指し手』に」「『内的な促し』のために――本源的自己の錬成と意識世界での動機づけ」「『やる気』の育成を考える」「自己統制における現実適応性と価値志向性――主体形成のために」が示される。哲学不在の時代における「我々の世界」「我の世界」をどう生きるかという生きる力の人間教育の本源に実践面を含めて迫っている。

「『こころ』の教育を考える」「道徳教育の新たな充実・発展のために」「自己を語ることとアイデンティティと」で左右からの浅薄な批判を砕き、人間形成の中道を示すとともに、教育実践における「開・示・悟・入の教育思想」を提示する。教育界のなかでの実践研究を語っているが、その奥行きの深さに感じ入る。

「学校教育」の具体的実践を踏まえての「人間教育」、そして現代社会のなかでの「生涯教育」のあり方をいかに模索してきたか――その崇高な「人間教育」の哲学と実践が滲み出ている。私との対談も紹介されている。


吉田茂 独立心なくして国家なし.jpg「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」で、北康利さんは、吉田茂がいかに「独立国家の完成」に強い信念をもっていたかを示した。本書はその後、サンフランシスコ講和条約後を描いている。

「ポピュリズムに背を向けた男(吉田茂)とポピュリズムを上手に利用した男(鳩山一郎)。好対照の二人ではあるが、共通するのは強い信念をもっていたことである。・・・・・・ともに『独立国の完成』を目指すというものだった」「吉田茂という政治家にとって、国民は自分たちが指導して幸せにするべき対象であり、世論の動向に従って政治を進めていくなどということを、彼は微塵も考えていなかった」「岸信介の最大の政治目標は、吉田が果たせなかった対等な日米関係の構築と自主外交路線の確立にあった。まさにそれは吉田の思い描いた『独立国の完成』そのものである」――。

吉田茂、鳩山一郎、三木武吉、石橋湛山、重光葵、大野伴睦、松野鶴平、広川弘禅、緒方竹虎、岸信介、河野一郎、佐藤栄作、池田勇人・・・・・・。苦難の日本、激しい政局のなかで闘う政治家の姿が活写される。


伊達の企て.jpg伊達政宗――。永禄十年(1567)8月、出羽の米沢城で生まれ、寛永13年(1636)5月、70歳で亡くなった。「政宗は死に至るまで天下を夢見ての往生であった」「政宗の五度目(の挑戦)もあと一歩届かなかった」「儂は天下を狙っておる」「豊臣を討つ戦いになるか。家康を討つ戦いになるか。四度目は明確にしたいものじゃ。(大坂冬の陣の参陣)」・・・・・・。

しかし、世に出る時が遅かった。「20年、いやあと数年早く生まれておれば、太閤に頭を下げることもなかったがのう。思い出すと腸(はらわた)が煮え繰り返る」。天正13年(1585)に秀吉は天下を掌握するための領地拡大阻止・私戦禁止の惣無事令を出した。奥州の大半を手にしながらも天正18年(1590)の小田原での死装束を纏っての秀吉下での屈辱に始まり、常に秀吉に押さえられ、その死後は家康に抗いながらも下らざるを得ず、大坂冬の陣、夏の陣に至る。その怒り、苦衷、天下取りの野望が描かれるが、終章「新たな企て」において、腹臣片倉景綱の死、家康の死、乱世の終止符への志、北上川改修、新田開発、そして家光の後見役の姿が、短く描かれる。


2025年、高齢者が難民になる日.jpg2025年まで――時間はそうない。団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、要介護や認知症の人の割合が高い75歳以上が約2200万人となる。高齢化率は30%を超える。2012年に約462万人といわれる認知症患者は2025年には約700万人(高齢者の5人に1人)と見込まれている。介護給付費は発足時(2000年度)の3.6兆円が15年には10.1兆円、25年には約20兆円に到達するという。急性期医療とその後の社会復帰のための効率的なこれまでの医療体制は、完治が難しい慢性疾患を複数抱えた高齢者への対応にシフトせざるを得ない。そこで、「地域包括ケアシステム」と「コンパクト+ネットワーク(国土のグランドデザイン2050)」を含めた「ケア・コンパクトシティ」という選択をする以外ない、という。それなしに、「2025年、高齢者が医療・介護難民」という惨状を脱することができない。

これからの日本は「都市部で急増する後期高齢者と介護難民」「社会保障費の膨張に伴う財政危機」「人口減少に伴う地方消滅」という3つの問題に直面する。人口減少、少子高齢社会が加速する今、「空間選択や時間軸を重視した政策に切り替え、スマートシュリンクの時代に向けて舵を切れ」「"まちづくり"や"エリアマネジメント"の視点を盛り込みつつ、医療・介護など必要なサービスをコンパクトシティという地域の空間の中で効率的・効果的に提供すること」「"まちづくり"はヒューマンスケールで」「地域の共同体マインドを共有することが大事で、規範的統合が重要だ」・・・・・・。

全国の市町村での先駆的取り組みを紹介しつつ、数々の具体的提言を行っている。私も同じ問題意識をもって「コンパクトシティ+ネットワーク」「対流促進型国土の形成」を進めている。「ケア・コンパクトシティ」――同感。実行の時だ。


雫井 脩介.jpg最近もあった少年たちがリンチで殺害する事件――。その事件に突然、わが子が巻き込まれた時、父親は、母親は、娘は、関係のあった人々は、狼狽のなかで何を思い、考えたか。辛い。

サッカー少年であった石川規士が高校初の夏休み直後、2日も帰って来ず、父・一登と母・貴代美は胸騒ぎを覚える。そして息子の友人が遺体となって発見され、犯人と思われる少年2人の逃亡が目撃される。しかし、行方不明者は3人。息子は加害者か、被害者か。犯人であっても生きていてほしいと思う母・貴代美。加害者のはずがない、被害者であれと思う父・一登。無事であってほしい、いや無実であってほしい・・・・・・。

「望み」は絶望のなかのせめてもの望みでしかない。望みなき望みだ。父と母、男性と女性、親と子、現在と今をはらむ未来。日常と死。死の現実のなかに「怨」が消える。交錯し、相反する思いが、生死の現実のなかで融け、定置する。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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