東京、丸の内にある東京會舘は今、建て直し中――。創業は大正11年(1922)。政財界のパーティーや結婚披露宴、芸能界のスターによるディナーショー、芥川賞・直木賞の記者会見や贈呈式も行われ、レストラン等も行き届いており、ファンも多い。創業10か月後にはなんと関東大震災で被害にあい、昭和15年には大政翼賛会の本部(建物の名前は大東亜会館に変更)、戦後はGHQに接収される(アメリカンクラブ・オブ・トーキョーとなる)。昭和44年には建てかえが決まり、12月クリスマスイブには"さよならパーティー"が行われ、新しい東京會舘として、私たちが親しく使わせていただいてきた。
激動の時代を「東京會舘」が見たもの、その舞台での人間ドラマを、辻村深月さんが東京會舘を支えてきた各部門の職員の心にもふれつつ10話として描く。権力者側の歴史のドラマではない。庶民の人間模様、心情がいずれも心の奥底に響いて感動する。「クライスラーの演奏会(大正12年)」「最後のお客様(昭和15年)」「しあわせな味の記憶(昭和39年)」「金環のお祝い(昭和51年)」「星と虎の夕べ(昭和52年)(越路吹雪の姿)」「煉瓦の壁を背に(平成24年)(直木賞受賞者)」など、いずれもじわーとくる。
「長寿、イノベーション、経済成長」と副題にあるが、きわめて平易に経済の本質を示している。人口減少が進み、財政赤字は拡大し、地方消滅の危機が叫ばれている。そして、経済成長はムリ、望むことではない、ゼロ成長の定常社会論などが提起されるようになっている。吉川さんは、実は人口減少も含めてそれらは、ロバート・マルサス、アダム・スミス、デイビッド・リカード、そしてケインズ以来論じていたことだと指摘する。そして今、日本に蔓延する「人口減少ペシミズム」を排すること。とくに日本の企業がこの「人口減少ペシミズム」を克服することが、カギを握っている。人口減少は大きな問題だが、日本経済の「成長」については「人口減少ペシミズム」が行きすぎている。高齢社会等の社会の変化は、人が安全・安心・豊かに生きるための新しい需要、高い購買力を要請しているではないかと指摘する。
人口と経済――。「先進国の経済成長は、基本的に労働人口ではなく、イノベーションによって生み出されるものだ」「労働生産性の上昇は、労働者の頑張り、やる気、体力ではなく、広い意味での『技術進歩』つまり『イノベーション』、資本蓄積、産業構造の変化によってもたらされる」「需要の飽和に対しては、新しいモノやサービスの誕生、つまり『プロダクト・イノベーション』だ。需要の飽和において、通常は"水と油"と考えられるケインズとシュンペーターの経済学は急接近する。需要の不足によって生まれる不況を、ケインズは政府の公共投資と低金利で克服せよと説いた。シュンペーターは需要の飽和による低成長を乗り切る鍵はイノベーション以外にないと主張した」「経済成長至上主義を説くのではない。・・・・・・経済成長の果実を忘れて"反成長"を安易に説く考え方は危険ですらある」・・・・・・。各国の経済に合った経済成長の方が、ゼロ成長よりはるかに自然だと、説得力をもって説く。
何ともジーンとくる小説4話だ。舞台は路地裏の地下にある狭い喫茶店・フニクリフニクラ。ところが、これが都市伝説ともなる不思議な「過去に戻れる喫茶店」だ。過去に戻るにはこの店の「ある席」に座った時で、しかも「コーヒーが冷めない間」だけで、「過去に戻ってどんな努力をしても現実は変わらない」等のルールがある。
心温まる4つの奇跡の物語。「恋人(結婚を考えていた才色兼備の清川二美子と恋人の賀田多五郎が別れる話)」「夫婦(記憶が消えていく男・戻木と妻の看護師・髙竹の話)」「姉妹(家出した姉・平井八絵子と旅館を継いでいた妹・平井久美の死)」「親子(この喫茶店で働いている華奢な妊婦・時田計とその子供・ミキの話)」――。
恋人、夫婦、姉妹、親子。いずれも最も近い存在であるゆえに、人は過剰な気づかいと安心ゆえの無関心の日常に覆われがちだ。長い間に蓄積された思い込みや誤解から抜け出せないでいる。その呪縛を解いてくれるのが非日常の極みの「過去に戻れる喫茶店」だ。4話とも「ありがと・・・」で締めくくられる。感動する。かつて映画「HANA-BI」で、一言もセリフを吐かなかった岸本加世子が北野武にたった一言「ありがとう」と言った感動的場面が再現されるかのようだ。何一つ現実は変わらなくとも心が変われば世の中は三変土田する。
米大統領選挙を現地取材も含めて現場から徹底分析している。トランプ旋風、サンダース旋風とは何か。なぜヒラリーは思いのほか支持が上がらないか。
格差が拡大するアメリカ。"移民"に対する反発、民意の分断、決められない政治への苛立ち、ティーパーティーを生み出したもの、進む多言語・多文化、白人比率の急減とヒスパニック系の急増・・・・・・。若者をはじめとして不満・苛立ち、そして"怒り"がある。
また米大統領選挙の仕組み。そこに生ずる利権と中傷合戦とメディア。「センセーショナルな話」が受ける社会とトランプの"炎上商法"――。こうした選挙自体を現場取材のなかで、浮き彫りにする。
こうした動きは世界共通のものがある。「異質なものを排除し、自分たちだけの利益を追求する姿は"偉大なるアメリカを取り戻せ"というトランプの主張と重なる」「"炎上商法"に頼った人気取りは危う過ぎる」「世界中の国が内向きに、自分たちさえ良ければそれでいい、と考える勢力が強くなってきたのだろうか。世界中が感情的になり、冷静さを失っている」という。「世界が内向きになっていく中での大統領選挙」「分断され、格差が拡大するアメリカでの大統領選挙」「アメリカ社会の亀裂は、修復されることなく拡大していく」と、危惧を投げかける。
竹村さんは「黒部の太陽」がダムを造る土木技術者になる機縁となったというが、私もまた、小学生の頃に見た「佐久間ダム」建設の映画が、少なからず土木工学科に進む縁となっている。
本書の主張はきわめて明確だ。日本のエネルギーの未来を考える時、石油・石炭の火力、原子力には限界と問題がある。再生エネルギーが重要だが、水力発電はきわめて有効だ。「現在、日本の総電力供給量に対する水力発電は9%だが、潜在力を引き出せば30%まで可能だ」という。そして方策を示す。「多目的ダムの運用を変更すること。河川法や多目的ダム法を改正して、ダムの運用法を変えれば、空き容量を活用できる」「既存ダムを嵩上げすること。新規ダム建設の3分の1以下のコストで、能力を倍近くに増大できる」「現在は発電に使われていない砂防ダム等に発電させる」「逆調整池ダム建設によるピーク需要への対応を図る」だ。そして「小水力発電」に水源地域の持続可能な活性化発電モデルを見る。そのためには「水源地域事業を支援する水力発電専門技術者集団の支援センターの設立」「事業を支える地銀と事業保証システム」「水資源地域が小水電発電の利益を一身に受けるための社会的合意」を提示する。議員立法だ。巨大ダムの新設ではなく、環境破壊もない水力発電は大きな可能性があることを、技術も含めて示している。
「彼らの思い出には補償できない。俺たちダム屋にはどうすることもできない。それが辛い」――ダム屋の心の声も響いた。
