放送と通信の融合が進んでいく社会にあって、日本にも欧米型のメディア・コングロマリットが形成される日が近いと、河内さんはいう。大胆な予測もあえて本書でしている。
ICT産業立国――2015年で今の95兆円から200兆円台に育てるのが我々の構想だ。
インターネット通信で結ばれたユビキタス社会を実現する基盤をつくる。次世代道路交通システム(ITS)、先端技術をもつ医療センターと全国の病院を結ぶE-医療システム、最適の給配電システムでエコ社会を実現するスマート・グリッド――新たな電波割り当てが必要だし、それは間違いなく動いていく。
その大きな流れのなかに、テレビ、新聞社、出版社、そして金融機関、商社、電機、通信大手など大企業が人材と資金を提供するグローバルな企業複合体が「日本型メディア・インテグレーター」だ。主要新聞社や通信社に蓄積された人材と機能と力――津波のような大きな変容を迫られながらも、その第一線の力の重要性自体は変わらない。
「次に来るメディアは何か」を米国の動向と、日本の現状をつぶさに見て、描いている。難題に取り組む大きな肺活量を感じた。
必要以上に「悪いのは私のせい」と自罰的、自責的であった日本が、いつの頃からか、「悪いのは私じゃない」と攻撃的、他罰的に変わってしまった。
モンスターペアレント、モンスターペイシェント、クレーマー、新型うつ、「前世が悪い」のスピリチュアル・ブーム。
先生と呼ばれる者は萎縮し、組織は保身に走る。どうやって経験を積み上げたり、鍛えたり、人間自身を強くするかわからない。
訴訟もふえる。うつ病なのに自責感に乏しく、他罰的で、何かと会社とトラブルを起こす社員。メール、ネット社会はそれに輪をかける。犯人探し、責任転嫁。社会が厳しく、閉塞感が漂い、点数・成果主義が浸透している今、「他罰的でシンプルで、歯切れよくて威勢がいい」がウケる時代となってしまっている。
それが○○バッシングとして噴出し、しかもそれが不平等感、不本意感にもとづく「いびつな小さな正義感」として発散される。他人にだけ道徳的であることを求める人々が激増する。
