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念願の世界に誇る、実物大の免震試験機が完成――。18日、兵庫県三木市のEディフェンス(実物大の耐震・振動台)の隣接地に、念願の実物大の免震試験機(EーIsoIation)が完成。その祝賀式典と試験機稼動を行いました。実現に向け和田章免震研究推進機構代表理事をはじめ、東工大、京都大、東大などの研究者、大成建設など実現を願ってきた各企業関係者、内閣府・国土交通省・文科省などの政府関係者、兵庫県や三木市などの首長が出席し、喜び合いました。

大学で耐震工学を専攻し、国土交通大臣時代に免震偽装問題に遭遇した私としても、実物大の免震試験機ができる事は、地震国日本の耐震・免震・制震にとって、極めて重要なことで、力を注いできました。本当に多くの方のご尽力をいただき、類例のないスピードで完成したこと、心から感謝いたします。この日出席した全員で喜びの写真を撮りました。

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kaibutu.jpg「夢のタッグが描く人間ドラマ、完全小説化」とあるが、その通りぐいぐい引き込まれる。面白い。

中心となるのは、小学校5年生の麦野湊。その友達で、親から虐待を受けているらしい星川依里――。湊の母親、シングルマザーの早織は、不審な行動を繰り返す湊が、学校でいじめに遭っていると疑い学校に乗り込む。どうも、担任の保利が張本人のようだが、校長も教師も逃げるばかりで、謝罪も口先だけで、苛立ちは募るばかり。ところが保利は全く身に覚えのないことで、これまた苛立つが、ついに退職に追い込まれていく。クラスの中にも、乱暴ないじめグループがあるようだ。いったい何が起きているのか・・・・・・。調べていくうちに、湊と依里だけの秘密の避難所があるようだが・・・・・・。

「怪物だーれだ」――。本当に、誰が怪物かわからない。登場するそれぞれが、「怪物」のようでもあり、被害者のようでもある。いや自分以外のすべてが、「怪物」なのかもしれない。日常的に接していても所詮、他人は他人。理解が及ぶものではない。それぞれが自分の空間を作りながら生きている。そんな社会の不安定さ、怖さが、「怪物だーれだ」と迫ってくる。


DEEP  PURPOSE.jpg「傑出する企業、その心と魂」が副題。現在、多くのリーダーがパーパスと高業績を一致させようと努力している。その背景には、短期志向で株主の意向を極大化する株主資本主義から、ステークホルダー資本主義への転換という変化がある。長期的な企業価値を上げるためには、多様なステークホルダーの利害に目配りをし、かつ、気候変動や環境問題、人権や格差などの社会全体が抱える問題の解決に寄与することが企業にとっても重要となる。つまり「企業のパーパス(使命、目的、存在意義)」が重要であるとの考えだ。

こうしたなか、パーパス経営を志向する企業は増えてきたが、実らせているとはいえないのが実情だ。著者は、ハーバード・ビジネス・スクール教授。広範なフィールドワークを行い、「パーパスを発見し、説明し、埋め込み、維持するにあたり、もっと先へ進み、ときにはそれを独特な方法でやってきた」という絞りに絞った企業を具体例を示し紹介する。多くのリーダーがパーパス経営を「単なるツール」「ブランド構築と評判改善の手段」「口先だけで、広報の手段」であることを紹介し、利潤だけでなく、パーパスを達成しようと努めるビジネスリーダーに何が必要かを提示する。「都合のいいパーパスではダメだ」と言っている。

「多くのリーダーたちは、形式的にしかパーパスを追求しない。ディープ・パーパス・リーダーは、4つの便益カテゴリーを指摘する。戦略立案の焦点を定める能力、顧客との関係構築、外部ステークホルダーへの対応、従業員啓発だ」「ディープ・パーパス・リーダーたちは、過去を振り返り、創業者や初期の従業員たちの意図に入り込んで、企業の不滅の魂や本質を捉える主題を探す(精神、本質、アイデンティティ)」「自社について、壮大で基盤となるような物語を語り、会社に深みと意義と、詩情さえももたらすのだ(ただのエピソードではない大きな物語)」「鉄の檻を逃れる、官僚制の打破」などを指摘する。

また「4つのパーパス脱線要因」として、「属人化のパラドックス(創業者が消えると魂を失いがちになる)」「(不適切な)計測による死」「善行者のジレンマ(不当に利潤を無視すれば、会社を社会的論理からあまりに遠く押し、やってしまう。商業と社会のバランス、カミソリの刃の上を歩く難しさ)」「パーパスと戦略の分裂」を指摘するが、パーパス経営者には難しい問題が突きつけられていることを痛感する。しかしそれを乗り越えなければ未来は見えない。


hantei.jpg神宮寺藩七万石の江戸藩邸で差配役を務めている里村五郎兵衛。差配役は、陰で"何でも屋"などと揶揄されるが、藩邸の管理を中心に、殿の身辺から襖障子の貼り替えまで目配りする要の役職で、藩邸内の揉め事が持ちこまれるのは日常のこと。そんななか、桜見物に行った世子の亀千代ぎみが行方知らずとなる。直ちに探索に向かう里村だったが、江戸家老の大久保重右衛門は、「むりに見つけずともよい」と言い放つ。そこには、大久保家老と留守居役・岩本甚内との角逐があった。その岩本からは、「どちらにつくか」と言われるのであった。

「拐し」「黒い札」「滝夜叉」「猫不知」「秋江賦」の連作短編集。静謐で重厚、武士の世界の佇まいがじっくりと描かれる。いまや砂原浩太朗の世界。


sgaono.jpg「筆者が食道癌で、余命宣告を受けたのは、本年8月22日・・・・・・」「翌日から『終活』に早速とりかかった」として出来上がったのが本書だという。仙台市生まれで、元国語教師、現在は釧路市に住む。仙台はまさに、魯迅の青春の地だ。

魯迅(1881~1936)は1904年に仙台医専に入学、あの藤野先生に会い、また「幻灯事件」で医学の道へ疑問を抱き退学。帰国して母の勧めで朱安と結婚。単身で日本に戻り、弟・周作人ら5人と本郷区西片町の漱石の旧居に住む。1911年に辛亥革命、1912年に同郷の紹興出身の友人・許寿裳の推薦により南京臨時政府教育部員になる。袁世凱の大総統就任により首都は北京に移転、魯迅も官吏として北京に移る。その後、時代の大激動の中で魯迅は、「狂人日記」「阿Q正伝」などを著し、反骨の思想家・文学者の道を突き進むが、本書はまさに「素顔の魯迅」を「魯迅日記」をひもときつつ語る。そこには生々しい生活実感や民衆への温かい眼差しや、許広平ヘの愛と逡巡、横暴な権力への怒りなどが溢れている。毛沢東による「空前の民族英雄」「現代の聖人」などの偶像化をかいくぐって、魯迅の実像を示してくれる。

時代も波瀾万丈だが、その中で生きる魯迅の感情の振幅が素直に伝わってくる。特に「藤野先生」での師弟や、知音の友・ 瞿秋白に送った詩句、「人生一知己を得なば足れり、斯の世まさに同懐以って視るべし」は有名だが、改めて心に響く。

同世代の著者の魯迅を通じての生き様を、感じさせられる。大変面白い著作だ。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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