息をのむほど美しい舞鶴湾。京都・ 舞鶴を舞台にして、戦後から令和の今に至るまで、ある家族の人生をじっくりと描く長編小説。中心となるのは「わたし」(石丸光太)と美しい姉の皐月。二人を取り巻くタワシ爺ちゃん(田鷲公作)、その従兄のマジー(竹園満穂)、カメばあちゃん、ツルばあちゃんの姉妹。父の紀夫、母・菜々江・・・・・・。そして京都の扇子の竹古堂の小竹家(皐月のもう一つの実家)、舞鶴市の町の人々・・・・・・。絆は深く、とても豊かで個性的、落ち着いている。「あぁ、こういう時代があったのだ」「日本の地方の街の豊かな絆と人情と生活が・・・・・・」。昭和21年生まれの皐月、24年早生まれの光太。私と同世代の主人公、そして戦後の混乱、道路も車も電気器具、高度成長、京都の学生時代・・・・・・。懐かしく、思いに浸りながら読み進んだ。
「舞鶴湾全体が俯瞰して眺められる展望台からの景色は言葉がないほどに美しくて雄大でした。行政が作った観光スポットだという先入観を持ってそこへ行った人は、舞鶴湾そのものの圧倒的な包容力に胸を打たれると思います。それはときに風景であって風景ではない、慈愛とか融和だとか、許容だとか清潔な精神そのものであったりするようです。わたしにとってはそうでありつづけましたが、皐月ちゃんにとっても、五老スカイタワーの建物の前の柵のところに立って舞鶴湾に眺め入るときは、おごそかな心になって、新しく生き直す活力を得たときがあると述懐したことがあります」・・・・・・。美しい舞鶴湾というだけでないことが伝わってくる。
光太も皐月も実は大金持ちだった。皐月はアストン・マーティンに乗り続けていた。「俺たちは、世のため、人のためになることに遺産を使えなかったなあ、と心の中で皐月ちゃんに語りかけました。タワシ&マジーが命を懸けて荒海を突っ切って奪い取りわたしたち姉弟に遺した35貫目の羊羹から生まれた資産はてつかずのままです。・・・・・・ただ、ふたりが託された莫大な資産は一銭も減っていません。つまり、なんにもしなかったので、カネがカネを呼んだ分だけ増えたということになります)・・・・・・。戦時中、戦後の混乱時は今ではとても考えられないことがあったのだ。
そして戦後の凄まじい発展のなか団塊世代等は生きてきた。何もなかったが、何かがあった時代を見事に描いている。
