「小さな植物の『合理的な生き方』」が副題。著者は農学博士、植物学者。学生、若者の悩みに「雑草」の話をしてアドバイスする。
「ガムシャラに頑張ることが雑草魂ではない」「雑草の生き方は、人間が考えるよりも、ずっとずっと合理的で戦略的である。そうでなければ、厳しい環境は生き抜けないということだ。そう、雑草は頑張っていない」――。その奥義は「いかに自分をポジショニングするか」、その戦略は「予測不能な変化をどう生きるか」だと言う。
「雑草は『変えられないもの』を見極める」――「雑草は動けない。置かれた環境は変えられない」、だから「変えられないものは受け入れる。自分自身を変化させて懸命に生きていく」のが雑草の生き方だ。
「雑草は『置かれた場所』で芽を出さない」――。雨の日も、風の日もある。「茎や葉っぱもしなやかに強い風を受け流す」「雑草は踏まれることも利用する。靴の裏や車のタイヤに種子をくっつけ移動させる」「アスファルトの隙間には、雨水も流れ込むし、地表が覆われて水は意外と乾きにくい」・・・・・・。
「雑草は、踏まれても立ち上がらない」――。「踏まれても立ち上がらない」ことこそ本当の雑草の魂。植物にとって大切な事は、花を咲かせてタネを残すこと。大切なことを見失わない生き方、他のことはさっさと妥協してしまえ。
「雑草は、頑張らないから生き残る」――。「雑草は弱い植物」だから、「森の外へ逃げ出した(タンポポは森の中にはない)」。自分の能力を発揮して生きているだけ。
「雑草は、うまくいかないときに根っこを伸ばす」――。猛暑でも萎れないのは、根の張り方が違う。下に下に伸びて深く深く伸びていく。上に伸びる必要はない。地面の下の成長が雑草の力。
「雑草は、目立たず花を咲かせたい」――。「生きているだけで、全て価値がある」「必要なのは、喧嘩の強さではない。その環境で生き抜く強さだ」・・・・・・。
「雑草は『地上』と『地下』を使い分ける」――。「ミゾソバという雑草は地面の下に咲く花を持っている」「やっぱり一人がよろしい雑草 やっぱり一人はさみしい枯草(種田山頭火)」・・・・・・。
「雑草の『らしさ』は誰が作るのか」――。「雑草が得意なところで生えているところを見ると、やはり得意なことや好きなことで勝負する方が居心地は良さそうです」・・・・・・。
「雑草は『変化』を巧みに利用する」――。「雑草は『予測不能な変化』を喜ぶ。それは雑草が弱い存在だから(変化する環境では、強いものが必ず勝つという原則が崩れる)」「人生はドラマ。逆境があればあるほどドラマチックに展開していく」と結んでいる。
雑草は実は弱い植物。だからこそ、戦略を発達させて生き残ってきた。チャンスが来るまで芽を出さず、厳しい環境でこそ、水や栄養を求めようと根を伸ばす。踏まれて立ち上がるより、無理はせず、花を咲かせるのにエネルギーを使う。努力と根性でガムシャラに頑張るのが「雑草魂」ではないと言う。面白い。
