1764633814008.jpg今の社会の心象風景を見事に浮き彫りにする。SNSが席巻する情報社会の中での孤独。他者との穏やかなつながりを欲しつつもできない渇き。砂粒化する大衆。攻撃的な荒れた言論空間。溢れる陰謀論。広がる推し活。そこに築かれる「ファンダム経済」。一体今、何が起きているのか。どうなっているのか。小説という形でそれを言語化する意欲的な著作。若くしなやかな感性が迸っている。面白いし、刺激的だ。

3人の主役それぞれが語る。久保田慶彦47歳――。離婚して一人暮らし。レコード会社勤務。「物語」を語る能力を買われ、アイドルグループのデビュー・運営に参画することになる。「最も共感力が高く、物語と自分との境界線が曖昧で、自ら視野を狭めやすい気質のファン層を炙り出し、より拡散や布教に励むよう先鋭化させる」「神がいないこの国で人を操るには、"物語"を使うのが一番いいんですよ」「熱量の低い百万人より、熱量の高い一万人。このチームで、視野狭窄を極めた最強のファンダムを築きあげましょう」・・・・・・。選挙の事まで言う。昔ながらの選挙は、熱量の低い百万人、今は熱量も高い一万人を獲りにいく。「この党いいよ、私たちを救ってくれるかもしれないよ、みんなで応援しようよ」「結局みんな、信じるものが欲しいんだと思います。特に、この社会は生きづらい、自分はこの世界に不当に扱われていると感じている人ほど。そういう状況で信じられそうなものに出会った時、人はその対象に強い共感や感情移入を試みます」・・・・・・

武藤澄香――。久保田の娘で、離婚した母と大分で暮らす留学を志す大学生、19歳。内向的な気質に悩む。「もう、自分に疲れてしまった」「この気質の自分が、社会に出て、働いたり、上司や後輩とうまく関係を築いたりしていけるのか」・・・・・・。そんな時、一人のアイドルに出会う。「道哉推し増やします。みなで幸せになろうね」「道哉という一点に。快感だった。久しく出会えていなかった幸福感だった」・・・・・・

そして隅川絢子35歳――。契約社員。舞台俳優の藤見倫太郎を熱烈推し活。恋人も貯金もナシ、故郷を離れての一人暮らし、結婚願望なし。だが突然、その倫太郎が死亡する。そして、「推し活は素晴らしいと儲けを吸い取る奴がいる。----だが、あの社長もプロデューサーも、結局は利用されてるんだよ。この国を乗っ取ろうとしている黒幕に。黒幕側が進めている日本弱体化計画」と陰謀論にはまってしまう。

三者三様。それぞれの葛藤とのめり込みと暴走。やがて物語は渋谷駅前で絡み合って破滅的な終末ヘ・・・・・・

「女同士って、お茶とか電話とか、そういう男の世界にはないコミュニケーションがいっぱいある気がするんですよね。男同士ってやっぱり、ちょっとでも弱い感じに見られるのを避けたがる。会話をする明確な目的や確固たる理由がなくなると、途端に何を話せばいいかわからなくなる」「ここ最近、アメリカで宗教右派勢力がぐいぐい来てるっていうのはみんな知ってるでしょ?その原因の一つが、メガチャーチっていう巨大教会。これまでの伝統的な教会と教義の面はあまり変わらないが、支持者たちの士気がめちゃくちゃ高い。礼拝がライブみたいな感じなんだって」「仲間たちと手を取り合い、同じ目標に向かって団結することの充実感。すべてがありがたく、とても尊い。そして集金」「無宗教の人が増えたアメリカでは、神の力が弱まってて、その代わりになるストーリーが必要で、そのストーリーをコミュニティーと一緒に提供できるのがメガチャーチなの」・・・・・・

「皆、自分を余らせたくないんです」「自分が余ってしまっていると、余白がある分、視野は広がり、迷いも膨らみます。その余白を使って自分を客観視できてしまうから、我に返ることができてしまうんです」「だからこそ、自分がこれを"幸せ"として生きるって決めたら、そこで自分を過剰に消費し尽くそうとする人が多いんだと思います。何かに対して自分を余すところなく使い切っているという本人以外が崩しようのない幸福感を得られるわけですから」・・・・・・

「自分を余すことなく、使い切る幸福感」――そんな虚無が現代の幸福感とは、いかにも寂しい。「哲学とは辺境の防守である。辺境とは、虚無と人間の境である」という40年前ほどに出会った言葉を思い起こす。砂粒化と哲学不在は深刻なほど進んでいる。 

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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