1765763776622.jpg宝暦8(1759年、9代将軍徳川家重)、講釈師・馬場文耕は獄門に処せられる。時の権力により芸能が弾圧されることはあるが、その芸を理由に死刑を宣せられたのは文耕ただ一人。なぜ馬場文耕は獄門を申し渡されたのか。そもそも馬場文耕とは何者であったのか。その激動の生き様を描く圧倒的な感動巨編。

文耕は元武士らしく実に端正、屹立した人格と情愛を併せ持つ、魅力的な人物だったらしい。御家人として生まれたが、家禄を返上し西国ヘ向かい剣術修行もする。園木覚郎の無尽流に出会い、抜きん出た腕前と境地に達するが、士分を捨てて江戸に出る。そして貧乏長屋に住み講釈師となる。「太平記」など軍記物を語るという市井の日々。深川の芸者・お六、隣に住むお清、長屋の隣人、仕事で付き合う町衆、吉原の旦那など、文耕に心を寄せ、信頼する者に囲まれていた。

転機が訪れる。ある芸者を助け、売り出すために話を拵えて講釈の場で披露していただけないかという頼みだ。「軍書を読むのではなく、一芸者について講釈するなどという途方もないこと」――。世の噂話を書き集めて、自分で話を作り語る。昔の軍記物を型通りに読むよりも、今の生の物語に惹かれるのが庶民なのだと気づいていく。これが評判となり、文耕人気は高まっていく。しかし噂は面白いが真実ではない。ノンフィクションとフィクション、噂と真実とフェイク――。この現在の情報社会で、最重要のテーマに文耕はぶち当たっていく。

今の生々しい問題を扱う限り、噂を集めながらも、虚偽ではなく、真実に向かおうとする文耕。そして起きたばかりの秋田佐竹藩の「秋田騒動」を語ることになる。「今回の話は少し度が過ぎているかもしれねぇな」「佐竹の騒動は、既に決着していることとはいえまだ生ものだ。触れれば、血が出るかもしれねぇ。佐竹の家の内情に入り込みすぎている。お咎めあっても不思議じゃねぇ」・・・・・・

そして、ついにあの郡上一揆。美濃の金森家の騒動と、農民一揆の詳細を独自に取材・調査に踏み込んでいく。そして自らが果たせるのは、それを講釈の場で世に知らせ、幕府にも理解させることだと動く。当然、「将軍家はもとより大名旗本の家内のことを、みだりに広めたりするなという町触に違反しているのは明らか」なのだ。老中、評定所等の怒りを買うことは当然。しかし文耕はのめり込む。「公儀を畏れず」「その疑い、悦んで引き受けましょう。何者でもない講釈師馬場文耕が何を畏れましょう。畏れるものは天のみ。天の道に外れたものは畏れるに足りません」・・・・・・

しかも、この時の幕府は、あの徳川家重、大岡忠光の時代。さらにその下で台頭していく田沼意次が、馬場文耕と10代の頃に共に過ごした仲間であり、意次は文耕を敬愛していたという背景まである。話が面白すぎる展開。

文耕はなぜ獄門に処せられたか。真実を語ることが、自他ともにどれだけの被害リスクをもたらすか。名君家重と大岡忠光はどうさばいたか。そして田沼意次はどう動いたか。文耕をこよなく愛した江戸の町の人々は凛として生きる人格者・文耕にいかなる真心で接し行動したか。丹念に立体的に展開されるドラマは圧倒的な、しかも人間の生き様の重厚さをもって迫ってくる。素晴らしい作品に出会った。 

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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