「大学入試改革・教育政策を問う」が副題。東大文学部の5人の教授による緊急講演録で、「文学国語」と「論理国語」の分割、実用重視の新・大学入試共通テストについて、より深く「ことば」「言語」について語る。「言葉というのは豊かで複雑なものだ。言語の基本的機能には、コミュニケーション(伝達機能)、思考の機能、美的機能があるが、コミュニケーションひとつを取っても非常に奥が深い。現代の国語入試の変更の方向を考えると、実用や論理がどうこういう以前に、言葉そのものに対する畏敬の念が失われつつあるのではないかと危惧する。コミュニケーション、論理、実用などという前に、その根本にある人間の言葉というものの豊かさ、複雑さに向き合わなければならない」(沼野充義)という。そして「人間の言葉による表現は、試験問題の求める単一の正答に還元できるような単純なものではなく、複雑で、豊かで、時に嘘をつくこともできるし、時に意図的で曖昧でもある」という。
「国語をめぐって起こっている問題の本質は何か。それは『ことばをツールだと思っている』ところにあるのではないか」「ことばを大切にしないことで、おそらく、人権や民主主義や自由といった、私たち人間が長い間ことばを通じて培ってきた価値について、非常に大切な部分が決定的に損なわれる危険がある」「私たちはことばで行動して、自身のあり方を作っていく。ことばは私自身である」「対話とはことばを交わすことであり、ことばは魂と魂の間で交わされるものだ。魂の間のやりとりだ(コミュニケーションは単にことばを道具として使っているのではない)」(納富信留)と、哲学からの考察を語る。「読解力がない、とはどういうことか。注意力と読解力は同じではない。多くの学力テストは注意力のテストとなっている」「国語で最も重視されてきたのは、ニュアンスや効果の読み取り、メタレベルの視点の獲得、文脈の読み取りだ。言葉の背後にどのような場面が想定されているかを理解できているかどうか」「『読み』をめぐる奥深さは世界の奥深さとも直結している」(阿部公彦)・・・・・・。「時空を異にして存在する文化の継続と断絶、人間の個別性と普遍性。人と文化の両面性をバランスよく適切に捉えることなくして、古代のテキストの読解は成立しない」「過去の言葉に耳を澄まさぬ者に未来を語る資格はない」(大西克也)・・・・・。
言葉の背後にはつねに相互性や関係性がある。言葉は単なるツールではない。コミュニケーションは単に言葉を道具として使っているのではなく魂と魂の触れ合い、ぶつかり合いだ。言葉というのは通じないものだ。そう考えたうえで、時間が限られ、採点が求められ、出題する側も数々の制約があるなか作成しなければならない試験という形態のなかで、「大学入試改革・教育政策」を行うことは至難の極致のように思えてくる。
現代哲学の最前線はどういう論議になっているか。最もホットな哲学研究の5つのテーマ――正義論、承認論、自然主義、心の哲学、新しい実在論を取り上げ、議論の状況を概観。哲学史や社会背景の説明を最低限に抑え、哲学者の関心をもっているエッセンスを整理、解説する。
ロールズ、サンデルからデネット、サール、ローティ、デリダ、メイヤスー、マルクス・ガブリエルまで、5つの「問い」と論争の構図を示す。デカルトの「心身二元論」、カント以来の「道徳哲学」「相関主義」はその源流に位置するが、人類の思索の歴史の壮大さと、それらの人間存在の根本的なテーマが、今なお激しく動いていることに改めて驚きを感ずるほどだ。
「正義論――公正な社会はいかにして根拠づけられるのか?」――「ロールズの第1原理は、基本的諸自由を最大限に保障するための制度的枠組みを各人に平等に保障する(第2原理は、社会経済的不平等を許容する条件を定めるもの)」「サンデルは、国家というのは、文字通りに中立的ではなく『善に対する正の優位(先行性)』は厳密には成り立っていないという」・・・・・・。「承認論――我々はどのように『他者』と認め合えるか?」――「哲学的な『承認』論は、我々が"普遍的な合理性を備えた自律した主体"になるには・・・・・・どういう条件をクリアすべきか、という前提に関わってくる。他者からの『承認』が必要というのが承認論者の考えである」「理性的思考の限界と無意識」「理性偏重の哲学と反『主体』哲学の架橋」・・・・・・。「自然主義――自由意志は幻想にすぎないのか?」――「理系的・自然科学的な方法、物理的因果法則を文系分野にも還元できる(自然主義)のか、人間の行動に固有の法則が存在するのか」・・・・・・。
「心の哲学――心はどこまで説明可能か?」――「心の哲学では、認知科学や心理学、生物学の成果を取り入れて、心を物理的に説明可能な現象として捉えようとする物理主義の傾向が強い」「心や意識があるかないかの境界線はかなり曖昧である」・・・・・・。「新しい実在論――存在することをなぜ問い直すのか?」――「前近代の実在論は、神やイデアのような"究極の実在"に関係づけることで諸事物の『実在』を証明しようとしたが、『思弁的実在論』や『新実在論』は主体による認識によって左右されることのない、否定しがたい『実在』があることを、哲学的な『思弁』を通じて明らかにする試みということになる」「ガブリエルの新実在論の2つの柱、『意味の場』と『世界』(スーパーマンやアンパンマンも、物語という"意味の場"に現われ、"意味の場"は"世界"という究極の"意味の場"に現われているのだから『存在している』といえる)」「新実存主義――歴史的に形成された概念としての精神に焦点を当てて、人間の行為を明らかにしようとする」・・・・・・。
「あとがき」で仲正氏は、「今まで全然分からなかった"哲学"が、急に『したたかに生きるための知恵』に思えてきたら要注意だ。そういう時こそ、なかなか理解させてくれない、身体的に拒否感を覚えるような、手ごわいテキストを読むべきだ」と結ぶ。これこそ現代哲学の最前線ということだろう。
「草・木・花のしたたかな生存戦略」が副題。植物は、地球上のすべての動物の食糧を賄っているが、動物に食べ尽くされたら植物も動物も生きていけない。その工夫の一つが「有毒な物質を身につける」ことだ。その毒が殺菌剤にも殺虫剤にもなり、また病気を治す薬ともなる。植物のしたたかな生存戦略、人間との共生・共存が示される。
「ジャガイモによる食中毒は毎年学校で起こっている(ソラニン)」「ジャガイモの食用部分は、根ではなく、肥大した茎」「ニラにそっくりなスイセンに要注意」「人が亡くなることもあるイヌサフランの毒」「カンピョウの原材料、ユウガオで食中毒」「トリカブトとフグの毒の働きは逆で、ともに猛毒」「アジサイの葉っぱには毒がある」「ビワのタネは食べてはいけない」「スズランの茎を口に咥えてはいけない」・・・・・・。
人間以外の生き物に毒になる物質――。「ジョチュウギク(除虫菊)と渦巻き型蚊取り線香」「クスノキの葉っぱから出る香りはショウノウ(樟脳)という成分」「スギとクスノキは舟に、マキは棺に、ヒノキは宮殿に(抗菌性、耐久性、防虫性)」・・・・・・。
毒が薬になる――。「八味地黄丸は地黄(アカヤジオウの根)とともに、一部トリカブトの根の附子が使われる」「マラリアの治療薬にクソニンジン」「ヤナギの成分からアスピリン。アスピリンを鎮痛薬として継続的に飲んでいる人は、脳梗塞や心筋梗塞の発症率が低い」「長寿にもダイエットにも良いコーヒー」「心臓を守るグレープフルーツ」「花粉症を和らげる『じゃばら』『緑茶』(北山村じゃばらと宇治産のべにふうき)」・・・・・・。しかし反対に薬を無効にしてしまう植物も――。「血圧を下げる薬が効かないグレープフルーツ」「納豆とワーファリンの食べ合わせ」「キャベツもビタミンKが含まれており、ワーファリンとは反対でぶつかる」「長寿・健康の植物――ダイズ、ニンニク、オリーブ、ウコン」・・・・・・。
改めて身近な確かな知識を確認し、面白く知ることができた。
"いい話"が続く。最後はドンデン返しのようでいて、暗黒から突き抜け、次元の異なる感動的な"いい話"で着地する。第一章「垣見五郎兵衛の握手会」から最終章「美しい人生」までの8つの連作短編。なつかしい映画の場面が現われ、流れる。
堀尾葉介――。顔もスタイルも抜群で、アイドル時代は圧倒的な人気を博す。俳優に転身した後は、演技力を磨き、数々の映画賞を獲った実力派の国民的俳優。真摯で誠実な人柄で誰もが称賛される好感度抜群の男だ。
各章で登場するのは、仕事も結婚も順風満帆ではなく不器用に生き暗い過去を抱える人々だが、いずれもある場面で堀尾葉介にかかわり、交差する。そこから人生が変わったり、アンビバレントな感情を引きずったりもする。「だし巻きとマックィーンのアランセーター」「ひょうたん池のレッド・オクトーバー」「レプリカントとよもぎのお守り」「真空管と女王陛下のカーボーイ」「炭焼き男とシャワーカーテリング」「ジャックダニエルと春の船」・・・・・・。いずれも"いい話"。題名にある激しい「雨」の日に「涙」を流す出来事は印象的だ。抱え込んだわだかまりが、「人との出会い」「雨」「涙」でふっ切れ、人生を肯定的に描いているのが心持良い。
昨年、病のために47歳の若さで亡くなった伝説のエンジェル投資家、経営コンサルタントの瀧本哲史さん。京大客員准教授として教壇に立ち、「起業論」「交渉論」等を講義するが、衝撃の授業として人気沸騰、そのM・サンデル的な質問を交えての"白熱授業"に大教室は盛り上がった。たしかにそう思う。そこで東大でもやろうということで、2012年6月30日に行なったのがこの講義。2時間。「とりあえずやってみよう。このなかから少しでも自分がやれることをやって、世の中を変えてくれる人がいたらいい。本気でやる気になれば意外とできる。2020年6月30日に、またここで会いましょう。宿題の答え合わせをしよう」と呼びかけて終わっている。惜しいかな、瀧本さんはいない。どうなっただろうかという思いが募る。
言うことはきわめてリアルでシンプルに凝縮される。話にもリズムがあり、巻き込んでいく。「ヒトラーでも橋下徹でもない。誰かすごい人が全て決めてくれればうまく行くのはたぶん嘘」「自分で考え、自分で決めよ。人のふりをした猿にはなるな。人間になろう」「本を読んで終わり、人の話を聞いて終わりではなく、行動せよ!」「教養の役割とは、他の見方、考え方があり得ることを示すこと、『新しい視点』を先人たちの思考や研究を通して手に入れること」「『わかりやすい答え』を求める人向けにインスタントな教えとかノウハウを提供するのって簡単だが意味はない」「最重要の学問は『言葉』である。言語には2つの機能がある。『ロジック(誰もが納得できる理路を言葉にする)』と『レトリック(修辞=言葉をいかに魅力的に伝えるか)』である」・・・・・・。明治維新は言葉の力で国を動かした。行動を変え、仲間を増やし、世の中のルールと空気を変えた。
「世界を変える『学派』をつくれ。僕もマッキンゼーを辞めて、1900億円の負債にあえいでいたタクシー会社・日本交通の経営に参画した。当時29歳、川鍋社長34歳」「世を変えるのは若者だ。パラダイムシフトとは世代交代だ。天動説から地動説に変わったのも50年かけた世代交代だった」「口が達者なニセ預言者ではなく、正しい預言者を見極め、選択せよ」「交渉は『情報戦』、論点をずらし、妥協させるアンカリングの魔力に騙されるな」「大事なのは相手の『理由』をすべて潰せ。違う結論になった時は、なぜ相手はそう考えたかを理解すること」「人生は3勝97敗だ。ベンチャー企業は、100社でうまくいくのは3社ぐらい」「自分の仮説を試せ、見込みのある人を支援せよ、仲間を探せ」「よき航海をゆけ、その人にしかないユニークさは盗まれない」・・・・・・。