「コロナと潜水服」をはじめとする5つの短篇集。いずれも不思議なことが起きるが、ファンタジック。人間の深層心理をきわめて柔らかく、すっきりと描く。人生が肯定的、時々シニカルで塩をきかせるようで、心持よい。
「海の家」――妻の不倫にショックを受けた小説家が、葉山の古民家に一人で住む。誰もいないはずの家だが、子供の足音が聞こえる。海岸で不良たちに暴行されるが、助けに来た子供が・・・・・・。夫の優柔不断、妻の甘え上手、したたかさとズルさ。
「ファイトクラブ」――早期退職の勧告に抵抗し、"追い出し部屋"的な警備員の仕事につかされた中年の男たち。仕事が終わった後、ボクシングを始めると、コーチが現われ、面白くなってのめり込む。そして事件が起きる。
「占い師」――プロ野球選手と付き合うフリー女性アナウンサー。好調でブレイクすればうれしいが、モテモテで自分から離れそう。悩んで"占い師"に相談する。「鏡子」と名乗る"占い師"は、自分を映す"鏡"だったのか。
「コロナと潜水服」――5歳になる息子はどうも不思議な能力を持っているらしい。「バアバ、今日はお出かけしちゃダメ」「パパ、そこに座っちゃダメ」などと突然言うと、コロナ感染者が出る。パパは防護のためになんと"潜水服"を着る。
「パンダに乗って」――会社を興して20年、社長として頑張ってきた自分へのご褒美として念願の初代フィアット・パンダを新潟で手に入れた男。パンダに乗ると、次々に元の持ち主の友人たちの所に車が案内し連れていくのだった。
「海の家」の子供、「ファイトクラブ」のコーチ、「占い師」の鏡子、「コロナと潜水服」の5歳の息子、「パンダに乗って」のパンダの元持ち主・・・・・・。いずれもあり得ないものだが、どこか100%ないかといえば「?」・・・・・・。心を映す"鏡"かも知れぬ。
2021年「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。主人公は、おカネ大好きの敏腕の若手弁護士・剣持麗子。「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という前代未聞の遺言状を残して、大手製薬会社・森川製薬の御曹司・森川栄治が死去する。栄治はわずか3か月だけだが、麗子の元カレだった。
数百億円とも思われる遺産目当てに何人もが"犯人"として手を上げる。そして名乗り出た栄治の友人・篠田から麗子は代理人を頼まれる。栄治は重度のうつ病で体力も低下、インフルエンザで死んだというが、本当はどうなのか。森川家でいったい何が起きているのか。「完璧な殺害計画をたてよう。あなたを犯人にしてあげる」と麗子は意気込み、軽井沢の現場に乗り込んでいく。奇想天外の展開、キャラの立つ女性弁護士はじつに面白い。著者自身が若き弁護士であればこその魅力あふれる作品。
東日本大震災から10年になる。福島原発事故で放射能に怯え続けた相双地域。南相馬市は、原発の20km内の小高区、30km内の原町区、その外の鹿島区に分かれ、「警戒区域」「緊急時避難準備区域」「非避難区域」として3区域別々の原発被害対策をとらざるを得ず、退避も補償も別々となった。それぞれの地域住民の不安・戸惑い・不満は想像を絶するものがある。本書の副題は「福島・原町の10年」――。この間、原町区の人々はどう生きたか、4つの家族を取り上げたドキュメント。「懸命に生きる」「一所懸命に生きる」「皆で力を合わせて共に生きる」姿には感動する。それに比して「政府とか東電とかのいかにも遠い」こと。この10年も今も放射能に怯え続けた苦悩が胸に迫る。「コロナ禍の東日本大震災から10年」は、その心からまず考えるべきだと思う。
第一章「終戦記念日」は、相馬地域の創価学会婦人部のリーダー松本優子さん。「"自主避難""屋内退避"と言われてもどうすればいいのか」「学校の再開もできない現実」「放射能の危険と圧倒的情報不足」などの大混乱のなかでの闘いの実態。「外部被曝と内部被曝という言葉があるが、南相馬の人間はみんな一人ひとりがあの原発事故が深い"内心被曝"を受けたと思う」という。第二章の「未来の扉」では、㈱北洋舎クリーニング社長・高橋美加子さん(中小同友会相双地区会長)の闘いを紹介する。「南相馬からの便り」を発行し、「"ありがとう"から始めよう! つながろう南相馬」の運動、「鎌田實講演会(歌・さだまさし)」「ファシリテーション運動」「世界一のエコシティの建設」など走り回る。第三章「ほめ日記」は卒寿を迎えた羽根田ヨシさん、息子の妻・民子の看護師(鹿島厚生病院)としての"野戦病院"さながらの闘いを描く。原発事故で医療現場は大混乱、高齢者が亡くなっていく姿は深刻。放射能に怯え、ストレスの重なる浜通りで、6年間も住居を転々とし帰還した羽根田ヨシさんの「ほめ日記」は元気を与えた。復興はこうした庶民一人ひとりの "負けまいとする心" あってのことだ。上がやったのではない。
第四章は「新築開店」――。幕末からの魚屋「てつ魚店」を苦難のなか復活させ、最初は新潟からの魚、そして片道7時間の大回りしての小名浜からの魚の仕入れ、2019年に新築開店した「てつ魚店」の奮闘と福島の漁業、再生エネルギーの問題を抉る。
幕末の豪商志士、尊攘運動家、一商人の枠を超え尊攘思想を深く理解し、志士たちを物心両面からつきっきりで世話をし、支援してきた白石正一郎。下関の荷受問屋「小倉屋」の八代目当主。白石邸は維新運動に奔走した尊攘志士の拠点であり、宿泊した志士は400人にも及ぶ。西郷隆盛、高杉晋作、平野國臣らを支え、「白石正一郎、白石邸がなければ明治維新は遅れていた」「奇兵隊は高杉晋作が構想を立て、白石正一郎が魂を入れた。白石正一郎は、高杉晋作にその生命を賭けた」。しかも、家業が傾き、借金に苦しみながらも支援を続け、維新後は名誉栄達を求めず、散った志士たちの慰霊・顕彰に専念したという。筋金入りの "愛国の覚悟"が伝わってくる。
まず、長州、そして下関という位置と白石正一郎だ。この地は地勢的にも情報の集約地、交差点であり、しかも欧米列強とぶつかった舞台であり、幕末から維新の歴史的出来事が集約された地であった。その拠点となったのが、白石邸であった。この地に白石正一郎という人物がいたことは、まさに宿命的。高杉晋作の奇兵隊、七卿の都落ちも、倒幕への転換も、この地この人あってのことだろう。
もう一つ、「あれほど維新に貢献した白石が、新政府樹立後に中央の東京に出ていかなかった」「名誉栄達よりも志士たちの慰霊・顕彰に専念した」ことだ。そこには、「明治政府の正体、明治維新というものへの不信感」「勤王を志し、王政復古に至るまで私財を投げ出したのは、功名心や己の利益ではない。ひたむきな勤王心の砦があった」「私財をなげうって支えた平野國臣、高杉晋作が死に、西郷隆盛も後に城山で自死する」・・・・・・。心中に横溢する維新へと突き動かした猛きナショナリズム、精神のもつ違和感はどうしようもないものだったのだろうか。
「分断社会に映る日本の自画像」が副題。2019年8月から1か月強、先崎さんはアメリカに滞在する。サンフランシスコからワシントンDCに飛び、帰りは東海岸から西海岸までぶっ通しで大陸横断鉄道に乗っての旅。明治維新時の岩倉使節団、そして昭和の敗戦とその後、先人はアメリカに何を見ていたのか。そして今の分断社会アメリカ・・・・・・。この150年、アメリカ文明を追い、今、価値を共有してきたかのようなアメリカ自体が、"分断国家"としての苦闇も抱え変質している。憧憬と翻弄のアンビバレンツの日米を今、「僕という鏡に映ったアメリカ」として描く。ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」を思いつつ、より長期の150年の日米を、そして日本と日本人を考える。
「翻弄され続けた150年」は事実だが、「ズレ」「きしみ」が自覚されているかといえば、人によってその濃淡は著しい。岩倉使節団――驚きは同居しても伊藤博文・森有礼の楽観的に見える「開国」と、久米邦武が描く「開国」とは全く異なり、久米は「壁」を実感する。久米の「米欧回覧実記」も、福澤諭吉の「文明論之概略」「西洋事情」も政治制度から生活・食事マナーに至るまで「具体的」だ。そしてその一つ一つに、固有の国家形成への歩みの違いを感じたのだ。1900年前後の西欧文明受容のなかに「日本人とは何か」を突き詰めて考え、世界に発信した内村鑑三、新渡戸稲造、岡倉天心、牧口常三郎・・・・・・。そして本書に出てくる戦後の昭和30年代の江藤淳「アメリカと私」や山崎正和「このアメリカ」・・・・・・。「つかの間の秩序維持こそが『大人』の仕事であり、常にマイナスをゼロに戻すこと、自分以外の存在が気づかずに歩いて通る道を舗装しているような作業を黙って続けることこそ、保守の定義である」という。
日米の「国家」に対する考え方も大いに異なる。「戦争」「敗北」から国家を嫌悪する傾向にある日本。あらゆる人種を受け入れ、「分裂するアイデンティティを唯一のアイデンティティとする人工性の高い国・アメリカ」「星条旗による移民族と広い国土の統合・アメリカ」とは全く違う。そのアメリカが今、移民を拒み、分断され、自己否定に陥り、自分で自分を壊す方向に進んでいる。先崎さんはかつて「分断社会と道徳の必要性」のシンポジウムで日本代表として発言する。「フィッテインジャー氏は、人間は家族、国家、そして教会に所属してこそ幸福を得られることを強調した。現代社会がここまで分断と孤立化を深めたのは、僕らが自由を"個人の選択できる権利"だと勘違いしたことにあるといっている。終始、国家、教会への所属を自分の好みの問題、共同体への所属は出入り自由だと考えてきたのが、僕らの時代である」という。「なぜ、疲弊するアメリカの真似をこれ以上日本はするのだ」と、ドック教授との対話のなかで考える。
「アメリカも日本も今、独自の文化を自分自身で失いかけている」「グローバル化は日本人から独自の文化である、寛容や忍耐を奪ってきたことに気付く」「欧米が常に最先端であり、正解を用意してくれる国家ではない。そこに疑問を感じ、自己とは何かを問う思想家になるか否か」・・・・・・。物乞いがいて、貧困と格差、銃撃戦が日常的にあり、その一方でGAFAが世界をリードするアメリカ。12.8と12.7と開戦がズレる日本とアメリカ。短期のアメリカの旅のなかで先崎さんの問いは根源的で重い。