hantei.jpg神宮寺藩七万石の江戸藩邸で差配役を務めている里村五郎兵衛。差配役は、陰で"何でも屋"などと揶揄されるが、藩邸の管理を中心に、殿の身辺から襖障子の貼り替えまで目配りする要の役職で、藩邸内の揉め事が持ちこまれるのは日常のこと。そんななか、桜見物に行った世子の亀千代ぎみが行方知らずとなる。直ちに探索に向かう里村だったが、江戸家老の大久保重右衛門は、「むりに見つけずともよい」と言い放つ。そこには、大久保家老と留守居役・岩本甚内との角逐があった。その岩本からは、「どちらにつくか」と言われるのであった。

「拐し」「黒い札」「滝夜叉」「猫不知」「秋江賦」の連作短編集。静謐で重厚、武士の世界の佇まいがじっくりと描かれる。いまや砂原浩太朗の世界。


sgaono.jpg「筆者が食道癌で、余命宣告を受けたのは、本年8月22日・・・・・・」「翌日から『終活』に早速とりかかった」として出来上がったのが本書だという。仙台市生まれで、元国語教師、現在は釧路市に住む。仙台はまさに、魯迅の青春の地だ。

魯迅(1881~1936)は1904年に仙台医専に入学、あの藤野先生に会い、また「幻灯事件」で医学の道へ疑問を抱き退学。帰国して母の勧めで朱安と結婚。単身で日本に戻り、弟・周作人ら5人と本郷区西片町の漱石の旧居に住む。1911年に辛亥革命、1912年に同郷の紹興出身の友人・許寿裳の推薦により南京臨時政府教育部員になる。袁世凱の大総統就任により首都は北京に移転、魯迅も官吏として北京に移る。その後、時代の大激動の中で魯迅は、「狂人日記」「阿Q正伝」などを著し、反骨の思想家・文学者の道を突き進むが、本書はまさに「素顔の魯迅」を「魯迅日記」をひもときつつ語る。そこには生々しい生活実感や民衆への温かい眼差しや、許広平ヘの愛と逡巡、横暴な権力への怒りなどが溢れている。毛沢東による「空前の民族英雄」「現代の聖人」などの偶像化をかいくぐって、魯迅の実像を示してくれる。

時代も波瀾万丈だが、その中で生きる魯迅の感情の振幅が素直に伝わってくる。特に「藤野先生」での師弟や、知音の友・ 瞿秋白に送った詩句、「人生一知己を得なば足れり、斯の世まさに同懐以って視るべし」は有名だが、改めて心に響く。

同世代の著者の魯迅を通じての生き様を、感じさせられる。大変面白い著作だ。


besutoessei.jpg角田光代、林真理子、藤沢周、堀江敏幸、町田康、三浦しをんが編集委員。ちょうどコロナ禍の2022年8月に発行した75のベスト・エッセイ。

「落合博満への緊張感(鈴木忠平)」「月の砂漠(小池水音)」「陰のある光(小泉凡)」「脳内ドイツ(マライ・メントライン)(職業はドイツ人)」「心の扉を開く言葉(寮美千子)(空が青いから白を選んだのです)」「佃煮に思う(小泉武夫)「白土三平さんを悼む(田中優子)」「そんな時代(海猫沢メロン)(私は心からこの時代が早く終わることを願っている。しかし、それよりも先に私の人生が終わるのは間違いない)」「ともに歩けば(小川さやか)(タンザニアで驚いたことのひとつは、友人たちが道に迷わないことだった)」「田中邦衛さんを悼む(倉本聡) (戸惑い方の絶妙さが人間喜劇の爆笑を呼んだ。『人生――人の行動は、アップで見ると悲劇だが、ロングで見ると喜劇である』とはチャップリンの至言)(今は、お笑いはおふざけに堕してしまった)」「エリック・カールさんを悼む(松本猛)」「月みる月は(彬子女王)」「トーストと産業革命(青山文平) (大人物ではない個人が様々な環境変化に直面して、もがきながら生きていく様を描きたい)」「考えることに失敗する(神林長平)」「悪態俳句のすすめ(夏井いつき)」「死も遊びだと思いましょ(横尾忠則)」「『やめた』後の達成感(ほしよりこ)」「息子よ安心しなさい、あなたの親指は天国で花となり咲いている(青木耕平」「愚かさが導いてくれた道(沢木耕太郎)(あなたは不幸な人ですね。子供の一番いい時を見なかったのですね)」「愛しの小松政夫さん(鈴木聡) (人間なんてバカバカしいよね、だけどそこが面白いよね、そこが好きなんだよね)」「『老人と海』をめぐる恋(高見浩)」・・・・・・。

どれもなるほどのベスト・エッセイ。「なるほど」「えっ、意外」「心から同感」「それが原点となったのか」「そんな見方があったのか」・・・・・・。楽しく、心に響いた。


handoutai.jpg「世界を制する技術の未来」が副題。1988年に世界の50%あった日本の半導体のシェアが今では10%。捲土重来、「定石だけでは失った30年を取り戻すのは難しい。競争の舞台の第2幕を予見して、先行投資をする事が必要。剣道でいう『先々の先を撃つ』だ」と言い、激変する半導体の世界の動向と、日本の攻めるべき戦略を明示する。

世界は微細デバイスを探求し、半導体の微細化が限界に近づくなか、「日本は、長年の休眠から目覚めて、一気に2n m以細の微細世界に挑戦する」「多様なデバイスを1つのパッケージに3D集積する時代に入る。3D集積技術はその筆頭である」「メディアは大企業の盛衰に注目する。しかし、大企業を支える豊かな土壌、つまり産業のエコシステムのネットワークの力こそが、産業力である。日本は、半導体の製造装置と素材が強いと言われるゆえんはここにある(TSMCは未開地に工場を建てない。ブラウンフィールド、つまり、産業エコシステムが豊かな土地にしか工場を建てない。熊本にはそれがある」「競争するだけでなく、互いを支え合う協力のルールこそ重要。超進化論――多様性を育む仕組みだ」「日本の半導体産業は、森を育てることに力を注いできた。それが今、世界から評価されている」「競争に加え、共生と共振化を生み出す産業界のエコシステム。日本の文化と社会の中で醸成されてきたこのエコシステムが、国際連携の中で、息を吹き返そうとしている」「キーワードは、国際連携、国際頭脳循環、ネットワーク、共生、共進化である」と述べ、TSMC新工場の熊本県誘致と日米連携の中で生まれたラピダスが、新しい時代を切り開くことを明らかにする。

この世は競争ではあるが、生き物の進化の仕組みをよく見れば、「競争するだけでなく、互いを支え合う協力のルール、つまり超進化論」が見えてくる。半導体を競争の時代から共生・共振化の時代に進めるため、半導体の『花』を見つけることができるだろうか」と意欲的で肺活量の大きな構想を示し呼びかけている。

汎用チップから専用チップへ。エネルギー効率の高い専用チップを効率よく開発し半導体の微細化と3D集積を図るテクノロジー。世界の頭脳を惹きつける。デジタル社会のインフラに総力。産業のコメから社会のニューロンへ。覇権を奪取するのではなく民主化を進め半導体を世界の共通資産にする。大逆転への動きが始まっている。


tugihagu.jpg惣菜と珈琲のお店「△(さんかく)」を営む仲睦まじい3兄妹。ヒロと1歳上の晴太、そして中学3年生の蒼の3人だけで暮らしている。ある日、蒼は卒業したら、家を出て、宿舎のある専門学校に行くと言い出す。ヒロは激しく動揺し反発する。実は3人は、血のつながりがなく、それぞれ親と切り離される事情を抱えつつ兄妹として深くつながり、助け合ってきたのだった。

「私たちは、やっぱりすぐに破れるつぎはぎでしかないのだろうか」「無邪気な晴太。蒼が生まれることで、養子の自分がすでに黒宮家にとって不要なものであることになんて思いも至らなかった。でも、その蒼もいらなくなって、こうして晴太と同じ家にたどり着いた」「蒼は私にも晴太にもよくなついていた。私たちははたから見れば、まるで兄弟のように一緒に暮らし、当たり前のように、蒼の保護者となって、人に関係を聞かれれば迷わず『兄弟です』と答えるようになっていた」。それだけに蒼が家から離れる衝撃は大きく、「お願いだから邪魔をしないで、やっと手に入れた場所を奪わないでと心が叫んでいた」のだ。

必死で家族であろうとする兄妹。家族という絆が切り離された時、足元のおぼつかなさだけが残る。しかし、この"事件"をきっかけにして、「私たちはゆっくりと小さな幸福を作ってこられた。三人の、三人だけのための小さな家の中で」から、それぞれが自立し外に踏み出そうとする。「私は一人の私でありたい。ひらめいたような心地で顔を上げた。誰のものでも、誰のための私でもない。ハワイでも日本でも、晴太や蒼がいてもいなくても、決して揺るがない私でありたい。それができなかったから苦しかった。小学校も、中学校も高校も、黒宮慎司の前でも、私は胸を張って立っていなかったから、ビクビクと卑屈に目の前を見上げていたから苦しかったのだ。晴太や蒼の不在に怯えたのだ」

11回ポプラ社小説新人賞受賞作。なかなか良い。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

私の読書録アーカイブ

上へ