日本経済や政治は重要な局面に立っている。日本を取り巻く環境が変化し、高度成長を支えた諸制度・システムは、根源的な制度疲労を起こしている。それは「人口減少・少子高齢化」「低成長」「貧困化」の3つだという。私が常々言っている3つの構造変化、「人口減少・少子高齢社会」「AI ・IoT・ロボット等の加速」「レベルの変わった気候変動・大災害の頻発」、そして現在の日本の問題である「低成長と格差」と、問題意識は全く同じ。地球環境・エネルギー問題も大きな構造変化で、根源的な対策が必要である。政治が目の前の対応に追われることなく、時間軸を持った政治が展開されることが最重要だ。
「改革の哲学」として3つを提起する。「哲学1 まず、リスク分散機能と再分配機能を切り分ける。その上で、真の困窮者に対する再分配を強化し、改革を脱政治化する」「哲学2 透明かつ簡素なデジタル政府を構築し、確実な給付と負担の公平性を実現する」「哲学3 民と官が互いに『公共』を作る」だ。そして25の日本再生への具体的なリストを提示する。さらに重要なことだが、財政赤字解消をはじめ、「打ち出の小槌」は存在しない。財政でも社会保障でも成長戦略でも、一つひとつの制度をきちんと問題を取り除き、効率的に設計し直していくという「地道な方法」しか日本を救う道はないと言う。そしてできる限り迅速に適正なものにしていくことの重要性を指摘する。
25 のTo Doリストは微修正ではない。しかしやれそうなものだ。「マイナンバー利活用の推進と行政手続きのオンライン化」「所得が500万円以下でも、そのサラリーマンの源泉徴収額などの所得情報が集まるよう、源泉徴収制度のルールを改める」「年末調整の簡素化やギグ・ワーカー向け控除」「年金の2階部分について積立方式への移行を検討」「高齢者向けベーシックインカム(10万円)、10年確定年金」「年金ダッシュボードの導入」「医療機関版マクロ経済スライドの導入」「コンパクト+ネットワークで国土づくりをする」「地方財政を圧迫している赤字病院を選択と集中で再編する」「データ金融革命を日本経済の成長分野と捉えいっそうの投資を行う」「デジタル通貨の発行、情報銀行の設立」「データ証券化によってビッグデータ、AI分野の投資を加速させる」「教育格差の縮小のため所得連動型ローンを拡充する」「減価する『デジタル通貨』を活用し、財政赤字の一部を縮減する方策を取る」・・・・・・。考え抜いた具体論を提起している。
評判を呼んだ連作短編集「本と鍵の季節」に出てきた高校で図書委員をつとめる堀川次郎と松倉詩門のコンビが再び登場する青春ミステリー。今度は長編。ごく普通の高校生活の中で出てきた事件を、友情も絡めて丁寧に解き明かしていく。
ある日、図書館の返却された本の中に、猛毒のトリカブトの花の栞を見つける。そして写真コンテストで金賞を撮った写真が保健室の隣に掲示され、その写真モデルはなんとトリカブト持ってジャンプしているものだった。撮影・岡地恵、モデル・和泉乃々花とあり、共に同じ高校に通う生徒だった。堀川と松倉のニ人は、校舎の裏でトリカブトが栽培されているのを見つける。また、瀬野麗が、校舎裏の花壇からトリカブトを抜いて埋める姿を目にする。そしてついに、嫌われていた教師が中毒で救急搬送されてしまう事態が生じ、学校内に不安が広がっていく。堀川と松倉に瀬野が加わり、真相を追っていく。「なぜ猛毒のトリカブトの花が栞に?」・・・・・・。緻密な謎解きが展開される。「わたしたちには人を殺せる"切り札"が必要だった」と言うのだが・・・・・・。
連続殺人事件があるわけでもない。血の臭いもなく淡い日常が続くが、その中に謎や不安の出来事があり、それぞれの人が、全部を晒すわけでもなく、半分は隠し、少しは「嘘」を交えて生きていく。そんなデリケートな「間合い」が、絶妙なタッチで描かれていく。
「死刑のハンコ」失言などと言われ、法務大臣が更迭となった。「軽率」などではなく、人間存在の「軽さ」が問題であろう。「綸言汗の如し」だ。本書は今年90歳になった森田先生が、青年時代から学び続けてきた「中国の古典」を「再学習のすゝめ」としてまとめたもの。「中国古典は最も優れた人間の知性の総結集だと私は思っている」「中国の古典は汲めども尽きぬ知恵と知識の黄金の泉である。中国古典を学ぶことによって、われわれは、いかに生きるべきかを学ぶことができる」と言う。選び抜かれた箴言・金言・警句・格言は、あまりにも深く、重く、森羅万象の真実を突く。「軽さ」が指摘される政治家は特に、再学習が不可欠だろう。いやこれまで学んでこなかったが故に、政治世界が軽くなってしまったのではないか。人間哲学不在では、困難をきわめる複雑な社会の変革は成し遂げられない。
本書は「論語」「老子」「孟子」に始まり、「荀子」「韓非子」「孫子」「史記」「大学」「中庸」を紹介する。そしてアリストテレスの「ニコマコス倫理学」を挟み東西の哲学・思想が通底していることを示す。再び中国古典の「書経」「礼記」「詩経」「易経」「左伝」「墨子」「管子」「列子」「荘子」「菜根譚」「孝経」「忠経」「小学」を紹介し、再学習をすすめる。最後に私も感動した林大幹著「四十にして志を立つ安岡正篤先生に学ぶ」を紹介する。「政をなすに徳をもってす(徳のない政治は必ず堕落する)」「中庸は最善の道徳だ」「上善は水の若し」「儒教の精神である仁義礼智信――孔子は仁を、孟子は義を、荀子は礼を強調した」「人間関係において最も大切なものは礼節であると私は思う」「政治の目的は最高善の実現にある。今こそ、孔子、釈迦、アリストテレスの中庸・中道思想を現代に生かさなければならない」「荘子はすべての変化を支配する根本原理を『道』と呼んだ」・・・・・・。森田先生の姿に清々しい至誠を感じる。
2020年から始まったウイルスと人類の全面戦争。未知のウイルスと最前線で戦う医療従事者たちがいかに戦ってきたか、精神面も含めた体力ギリギリの「戦場」を描く。「ウイルスは人間の都合なんかに、一切忖度してくれない。あいつらは意思も、そして命すら持たず、ただ増殖するだけの有機機械。少しでも油断すれば、一気に社会を壊滅させるだけの力を持っている。そのことを絶対に忘れちゃいけない」「機械仕掛けの太陽は、これからも人間社会の中で燃え上がり続ける」――。
練馬にある心泉医大付属氷川台病院の勤務医で、シングルマザーの椎名梓、母親の春子と一人息子の一帆の3人暮らし。同じ病院に勤務する20代の女性看護師・硲瑠璃子、結婚寸前の恋人・定岡彰がいる。西東京市で医院を開業している72歳の医師・長峰邦昭。この3人を中心に、それぞれの悪戦苦闘、追い詰められた日々を描く。
まずα株――「そんな室内で、さらに感染対策のためにN95マスク、アイシールド、ガウン、キャップ、防水ズボンなどのP PEを隙間なく着込まなくてはならないのだ。蒸し焼きにされているような心地になる」「今コロナ病棟から逃げ出せば、私は一生父の呪縛から逃れることができない。あそこでの勤務は私の心身を蝕んでいく。助けて、誰か助けてよ・・・・・・」「さっき、一人看取ったんだ。その分、一つだけ空床ができた。そこに患者を入れる。2時間あれば準備できるだろ」「新型コロナウイルスに対するワクチン、90%以上だよ、椎名先生。90%・・・・・・。来月にはアメリカでワクチン接種が始まる」「妊娠中の茶山の妻である礼子が一昨日の夜に発熱した」「普通の病棟業務にも耐えられなくて逃げ出したあなたなんかが、ここでやっていけるわけないでしょ。舐めないでよ。・・・・・・どうしたの、瑠璃子? なんか、・・・・・・別人みたい」・・・・・・。
そして20 21年、デルタ株――。「瑠璃子は父の話にただ耳を傾け続けた。『和郎は言っていたよ。看護師さん達がいたから、希望を失わないで頑張ることができた。あの人たちは、命の恩人だ』ってな」「軽中等症用ベッドより先に重症病床が埋まったっていうのか? そうです。以前の波とは、重症患者の数が桁違いです」「デルタ株の発生源とされているインドでは、全土がその感染爆発に呑み込まれ、酸素が足りなくなった」「都からの要請を受け限界まで病床数を増やす。患者さんが増えて、どんどん人手が必要になってる。入院できない。自宅で酸素が必要に。その酸素がない」「全国でノーマスクでワクチン反対を訴えるデモ。陰謀論の自家中毒によって先鋭化して、カルトと化しています。奴らの妄想の中では、ワクチン接種を推進する関係者は誰もが、大量虐殺者なんですから」・・・・・・。
そして20 21年11月、南アフリカに始まるオミクロン株――。「これのどこが弱毒株よ。オミクロン株の最大の特徴である強い免疫逃避。防御壁が崩れ去り、無防備になった人々にオミクロン株は容赦なく襲いかかった」「ICUに入院した6歳の少年の病状は悪化の一途をたどっていた。なぜ日本では小児への新型コロナワクチン接種がこんなに遅れているんだ。このままでは未来ある少年の命が奪われてしまう」「追加接種が遅々として進まないことに焦燥し、行政が動くことをずっと待っていた医療現場は素早く対応した」・・・・・・。
すべての医療従事者、すべての国民が協力し、「力を合わせて有機機械と戦い続けてきたのだ」「この2年間で、C OVIDの致死率を大きく変えることに成功した。効果的なワクチンも治療薬もすでに手に入った。ウイルスとの全面戦争の出口が近づいている」と現在進行形で描いている。この約3年の医療現場を中心にした「戦場」がよくわかる。
老害をまき散らす老人たちと、それにうんざりして「頼むから消えてくれ」とさえ思う若年層。両者の活劇のような物語を書けないものかと、かなり前から考えていた――。そう内舘さんは言う。
物語の舞台は埼玉県川越市に隣接する「岩谷市」。老害の主人公は、戸山福太郎。双六やカルタ、トランプなどのゲーム製作販売会社の前社長。娘婿に社長に譲ってからも出勤、長い昔話、手柄話を繰り返し周りを困らせている。彼の仲間も老害の人ばかり。俳句と絵自慢の吉田夫妻、クリーニング屋で病気の事ばかり語る「病気自慢」の竹下勇三、「死にたい死にたい」とすぐ言う春子、その息子の嫁・里枝は「孫自慢」ばかり。福太郎、吉田夫妻、竹下、春子はあたかも"老害クインテット"。あるある話満載。自分もまた、と思う。
そして、ついに福太郎の娘・明代がとうとうキレて、日ごろは言えない本音を父親に叩きつける。「80代半ばの父親は反省し、二度とやらないと謝罪。その哀れっぽい姿に、娘は言い過ぎたと落ち込む」のだ。これもあるある。ところが父親は、裏で老獪な逆襲を企んでいたのだった。老害の人を集めてサロンをつくってしまう。
「でもね、これも本で読んだわ。昔話をすると体にドーパミンが出て、気分が良くなるんだって」「死にたいとか食べたくないとか言うと、周りが心配してくれて、嬉しいだけなんですよ。生きたいんだね。本音は」「先日、福太郎さんが『遠慮して謝って生きている年寄りは悲しい』って。その通りです。でも、私も年寄りと暮らすイラだちで・・・・・・」「悲しい話は一人で耐えることもできるが、嬉しい話や喜びの話は、誰かに言わないと耐えられない」「仕事というものは、抗うつ薬なのだ。----仕事ではなくサロンに客として来る老人たちにとっても、『教育(今日行く)』『教養(今日用がある)』の場だ。家にも社会にも居場所がない者でも、サロンに行けば必ず誰かがいる。・・・・・・抗うつ薬だ」――。
年齢がいけば、誰しも「老害」に陥る。読みながら考えるだけでも良い。「社会に少しでも還元し、伝える年齢だと気づく。『自分磨き』ではなく『利他』ができないか。小さいことでも主体的にそれができれば、力が湧くはず」と内舘さんは言う。