1784075646602.jpgロシアによるウクライナ侵略、アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃など、世界は大国の力むき出しの時代に一変、そのなかで日本は人口減少・少子高齢社会、A I・デジタル社会の急進展、気象変動・災害の激甚化の構造変化に直面している。ところが肝心の政治は、ポピュリズムにSNSが加わる「デジタル・ポピュリズム」に席巻、翻弄され、政治の熱量が低下している。その中で本書は、「今や世界はますます危機的な状況を迎えている」とし、本源から「政治とは何か」を問い直し、「政党とは何か」「政治家とは何か」「政治と危機」「なぜ政治をしなければならないのか」を考察する。

「民主主義と政治」――。「民主主義とは参加と責任のシステム」「民主的な参加の拡大を訴える以前に、そもそもまともな意思決定が行われているのか、それ自体が疑わしくなっている」「AI に集合知を超える英知があるのか。常に変化し、自己修正するのが人間」と問題提起する。

「政治とは何か」「アレントとシュミット」――。「アレントは政治の本質を複数性に見出し、異なる他者との間で言葉を返して関係を構築していくことを強調するのに対し(この複数性を消去するものが全体主義)、シュミットはいかなる時代においても、人間と人間を深く分断する要因があるとして、政治の本質を『友と敵の区別』に見出す(シュミットには、根源的に多元性への懐疑、ペシミズムがあった)」「シュミットには、真の秩序を求める精神と、それ故の現状に対する絶望の両方があった。・・・・・・国際政治のリアリズムを見ていないからダメだと言う人に限って、どこまで真のリアリティーを考えているのか疑問であり、みんな『シュミットもどき』になっているように思う」と言う。私の言う「リアリズムの名の下の右傾化」だ。

政治とは、「複数性の共存をはかる人間の知恵の技術」「言葉による議論や制度による媒介を通じて、社会の対立を調整しつつ、公共の利益の実現を目指すもの」「一人ひとり同じではない多様な個人や集団が相互の間に対立や衝突が生じることを前提に、それでも言葉を介して秩序を生み出していく営み」という考え方が見えてくる。

「政党とは何か」――。「党派の存在を認め活かすべきだというヒューム。それに対し、各人の特殊意志、その総計の全体意志とは区別し、社会の共通利益を考えたときに浮かび上がる一般意志を唱えるルソー」----。「政権の獲得を目指し、共通の主張や利益などによって結びつけられた政治的な集団」という現在の政党論の研究を示したエドマンド・バーク。そして著者は「政党の未来像としてまず重要になるのは、DX化による徹底した透明性と、重要な政策領域における専門性の確保、そして有権者に資する多様な選択肢の提示である。膨大な情報を収集・分析し、未来のビジョンを提示する政策アドバイザー的な役割が政党に期待される。その上でより高度な批評性を発揮し、新たな価値の基準を示し得るか。政党をいま一度、社会を動かす原動力として再設計する必要がある」と指摘する。デジタル・ポピュリズムと選挙のなか難しい課題だが、それを乗り越え得るかどうかだと思う。著者は「未来の政党は、『共通善(コモングッド)』をめぐる真剣な対話と実践から生まれるのではないか。フェイクなものが横行する現代だからこそ、社会的な善への問いが不可欠だ」と言う。

「政治家とは何か」――。ウェーバーとマキアヴェリを取り上げる。「分裂した人々の間に合意を生み出す人間、社会的課題の本質をシンプルに表現し、多様な人々の努力をそれに向けてコーディネートしていく。粘り強く活動し、献身することに喜びを感じる。その任務を天職とする政治家」がウェーバーの政治家像だ。政治家と専門家を区別し、専門家を見抜く力が政治家には必要。また「カリスマ的リーダーにかなり思い入れがある」と言う。

マキアヴェリは、「獅子のように恐れられ、かつ狐のようにずる賢くあれ」「愛されるより恐れられる方が良い」と政治家について言っている。しかし単なる権謀術数の人物ではなく、「運命に対して、人間がどれだけ抵抗できるか、どうやってコントロールできるか」に関心を抱き、「タイミングを読み、状況の変化を踏まえながら、いかに自らの主体性を維持することができるか」を考えた。私の言う「政治は現実を直視した臨機応変の自在の知恵」だ。

「政治と危機」――。オルテガを扱っている。大衆社会化状況における全体への個の埋没現象は、いまやAI・デジタル社会でさらに加速化し、「第二次世界大戦の反省に基づく秩序が崩壊し、底が抜けたような世界」となっている。オルテガの「大衆の反逆」は、「凡庸なままの自分に居直る人間」」のことだ。カーの「危機のニ十年」、マンハイムの「イデオロギーとユートピア」で指摘しているのは「人間の思考の脆弱さ、思考停止の無自覚」であり、「重要なのはユートピア思考とリアリズムの往復だ」「いまやそのバランスが崩壊している」と言う。

神学者のラインホールド・ニーバーの言葉の「変えることの勇気」「受け入れる冷静さ」「識別する知恵」(ニーバーの祈り)を取り上げている。「過度に道徳主義的になってはいけない。夢を見てしまってはいけない。現実の人間社会は欲望や衝動が常に吹き荒れている。そこをどうやってバランスを考え、秩序を作る。それを考えるのが政治の役割だ」と言うのだ。ニーバー、ケナンらを引きながら、著者は「有能なリアリストは、しばしば個人的にはモラリストであった」「リアリストの裏側に理想主義や道徳的な思考が潜んでいることをを見逃してはならないと思う」と言う。

AIはアルゴリズムに従って、言葉を連ねているだけであり、「何が善なのか」をめぐる道徳的な判断はないし、人格も責任もない。「政治は人間にしかできない」「共通善に向けた政治の営みを回復するため『変える勇気』が今こそ求められており、『政治』の営みを活性化させていこう」とメッセージを送っている。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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